巻第20
訓読 >>> 百隈(ももくま)の道は来(き)にしをまた更(さら)に八十島(やそしま)過ぎて別れか行(ゆ)かむ 要旨 >>> 多くの曲がりくねった道をここまではるばる来たのに、さらにまた多くの島をめぐって漕いで別れて行かねばならないのか。 鑑賞 >…
訓読 >>> 筑波嶺(つくはね)のさ百合(ゆる)の花の夜床(ゆとこ)にも愛(かな)しけ妹(いも)ぞ昼も愛(かな)しけ 要旨 >>> 筑波の嶺に咲くさ百合の花ではないが、夜床(ゆとこ)で可愛くてならない彼女は、昼間でも可愛くてならない。 鑑賞 >>…
訓読 >>> 木(こ)の暗(くれ)の茂(しげ)き峰(を)の上(へ)を霍公鳥(ほととぎす)鳴きて越ゆなり今し来(く)らしも 要旨 >>> 木々のうっそうと繁る峰の上を、ホトトギスが鳴きながら越えている。今にもこちらまでやって来そうだ。 鑑賞 >>>…
訓読 >>> 霰(あられ)降り鹿島(かしま)の神を祈りつつ皇御軍(すめらみくさ)に我れは来(き)にしを 要旨 >>> 武神であられる鹿島の神に祈りを捧げながら、天皇の兵士として私はやってきたものを。 鑑賞 >>> 常陸国の防人の歌。「霰降り」は、…
訓読 >>> ひな曇(くも)り碓氷(うすひ)の坂を越えしだに妹(いも)が恋しく忘らえぬかも 要旨 >>> 日が曇って薄日がさすという碓氷の坂、まだこの坂を越えたばかりなのに、無性に妻が恋しくて忘れられない。 鑑賞 >>> 上野国の防人の歌。「ひな…
訓読 >>> 高山(たかやま)の巌(いはほ)に生(お)ふる菅(すが)の根のねもころごろに降り置く白雪(しらゆき) 要旨 >>> 高い山の岩に生えている菅(すが)の根のように、ねんごろに降り積もった白雪の何と見事なこと。 鑑賞 >>> 天平勝宝7年(…
訓読 >>> 4429馬屋(うまや)なる縄(なは)絶(た)つ駒(こま)の後(おく)るがへ妹(いも)が言ひしを置きて悲しも4430荒(あら)し男(を)のいをさ手挟(たはさ)み向ひ立ちかなるましづみ出(い)でてと我(あ)が来る4431笹(ささ)が葉(は)の…
訓読 >>> 4426天地(あめつし)の神に幣(ぬさ)置き斎(いは)ひつついませ我(わ)が背(せ)な我(あ)れをし思はば 4427家(いは)の妹(いも)ろ我を偲ふらし真結(まゆす)ひに結(ゆす)ひし紐(ひも)の解くらく思へば 4428我が背(せ)なを筑紫…
訓読 >>> 4401韓衣(からころむ)裾(すそ)に取り付き泣く子らを置きてぞ来(き)ぬや母(おも)なしにして4402ちはやぶる神の御坂(みさか)に幣(ぬさ)奉(まつ)り斎(いは)ふ命(いのち)は母父(おもちち)がため4403大君(おほきみ)の命(みこ…
訓読 >>> 4488み雪降る冬は今日(けふ)のみ鴬(うぐひす)の鳴かむ春へは明日(あす)にしあるらし 4489うち靡(なび)く春を近みかぬばたまの今夜(こよひ)の月夜(つくよ)霞(かす)みたるらむ 4490あらたまの年行き返(がへ)り春立たばまづ我(わ…
訓読 >>> 4363難波津(なにはつ)に御船(みふね)下(お)ろすゑ八十楫(やそか)貫(ぬ)き今は漕(こ)ぎぬと妹(いも)に告げこそ4364防人に立たむ騒(さわ)きに家の妹(いむ)が業(な)るべきことを言はず来(き)ぬかも4365押し照るや難波(なに…
訓読 >>> 4331大君(おほきみ)の 遠(とほ)の朝廷(みかど)と しらぬひ 筑紫(つくし)の国は 賊(あた)守る おさへの城(き)ぞと 聞こし食(を)す 四方(よも)の国には 人(ひと)さはに 満ちてはあれど 鶏(とり)が鳴く 東男(あづまをのこ)は…
訓読 >>> 4293あしひきの山行きしかば山人(やまびと)の我れに得(え)しめし山づとぞこれ 4294あしひきの山に行きけむ山人(やまびと)の心も知らず山人や誰(たれ) 要旨 >>> 〈4293〉人里離れた山を歩いていたら、その山に住む山人が私にくれた山…
訓読 >>> 4357葦垣(あしがき)の隈処(くまと)に立ちて我妹子(わぎもこ)が袖(そで)もしほほに泣きしぞ思(も)はゆ 4358大君(おほきみ)の命(みこと)畏(かしこ)み出(い)で来れば我(わ)の取り付きて言ひし子なはも 4359筑紫辺(つくしへ)…
訓読 >>> 4328大君(おほきみ)の命(みこと)畏(かしこ)み磯(いそ)に触(ふ)り海原(うのはら)渡る父母(ちちはは)を置きて 4329八十国(やそくに)は難波(なには)に集(つど)ひ船(ふな)かざり我(あ)がせむ日ろを見も人もがも 4330難波津…
訓読 >>> 4440足柄(あしがら)の八重山(やへやま)越えていましなば誰(た)れをか君と見つつ偲(しの)はむ 4441立ちしなふ君が姿を忘れずは世の限りにや恋ひわたりなむ 要旨 >>> 〈4440〉足柄の八重に重なる山々を越えて行ってしまわれたら、誰を…
訓読 >>> 霞(かすみ)立つ春の初めを今日(けふ)のごと見むと思へば楽しとぞ思ふ 要旨 >>> 春の初めのめでたい時を、今日のようにこれからもお逢いできると思うと楽しゅうございます。 鑑賞 >>> 天平勝宝6年(754年)正月、大伴一族が家持邸に集…
訓読 >>> 防人に行くは誰(た)が背(せ)と問ふ人を見るが羨(とも)しさ物思(ものも)ひもせず 要旨 >>> 防人に行くのはどなたのご主人と、問いかけている人を見ると羨ましい。何の物思いもしないで。 鑑賞 >>> 題詞に「昔年の防人の歌」とある8…
訓読 >>> 赤駒(あかごま)を山野(やまの)に放(はか)し捕(と)りかにて多摩(たま)の横山(よこやま)徒歩(かし)ゆか遣(や)らむ 要旨 >>> 赤駒を山野に放ってしまって捕えかね、夫に多摩の山並みを歩いて行かせることになるのかしら。 鑑賞 …
訓読 >>> 4302山吹(やまぶき)は撫(な)でつつ生(お)ほさむありつつも君(きみ)来(き)ましつつ挿頭(かざ)したりけり 4303我(わ)が背子(せこ)が宿(やど)の山吹(やまぶき)咲きてあらばやまず通はむいや年の端(は)に 要旨 >>> 〈4302…
訓読 >>> 暁(あかとき)のかはたれ時(どき)に島蔭(しまかぎ)を漕(こ)ぎ去(に)し船のたづき知らずも 要旨 >>> 明け方の薄暗い時に、島陰を漕いでいった船が今どうしているのか、知りようがない。 鑑賞 >>> 防人たちが、何艘かに別れて船出…
訓読 >>> 我(わ)が家(いは)ろに行かも人もが草枕(くさまくら)旅は苦しと告(つ)げ遣(や)らまくも 要旨 >>> 我が家のある故郷に行く人がいたらよいのに。旅は苦しくてならないと家の人に告げてもらうのに。 鑑賞 >>> 徴発された防人は、難…
訓読 >>> 4325父母(ちちはは)も花にもがもや草枕(くさまくら)旅は行くとも捧(ささ)ごて行かむ 4326父母(ちちはは)が殿(との)の後方(しりへ)のももよ草 百代(ももよ)いでませ我(わ)が来(きた)るまで 4327我(わ)が妻も絵に描(か)き取…
訓読 >>> 足柄(あしがら)の 御坂(みさか)賜(たま)はり 顧(かへり)みず 我(あ)れは越(く)え行く 荒(あら)し男(を)も 立(た)しやはばかる 不破(ふは)の関(せき) 越(く)えて我(わ)は行(ゆ)く 馬(むま)の爪(つめ) 筑紫(つく…
訓読 >>> 父母(ちちはは)が頭(かしら)かき撫(な)で幸(さ)くあれて言ひし言葉(けとば)ぜ忘れかねつも 要旨 >>> 父と母とがかわるがわるにやさしく頭をかき撫でて、元気に過ごしてほしいと言った言葉が忘れられない。 鑑賞 >>> 駿河国の防…
訓読 >>> 真木柱(まけばしら)讃(ほ)めて造れる殿(との)のごといませ母刀自(ははとじ)面変(おめが)はりせず 要旨 >>> 立派な木材を寿いで建てた御殿のように、母上、いつまでも元気でいて下さい、面やつれなどせずに。 鑑賞 >>> 駿河国の…
訓読 >>> 水鳥(みづどり)の立ちの急ぎに父母(ちちはは)に物(もの)言(は)ず来(け)にて今ぞ悔(くや)しき 要旨 >>> 水鳥が飛び立つように、出発前のあわただしさに父母に物もいわずに来てしまった。今となってはそれが口惜しい。 鑑賞 >>>…
訓読 >>> 忘らむて野行き山行き我(わ)れ来れど我(わ)が父母(ちちはは)は忘れせぬかも 要旨 >>> 忘れよう、忘れようと思って、野を行き山を行きやってきたが、わが父母のことは忘れることなどできない。 鑑賞 >>> この歌の作者は、駿河国出身…
訓読 >>> 草枕(くさまくら)旅の丸寝(まるね)の紐(ひも)絶えば我(あ)が手と付けろこれの針(はる)持(も)し 要旨 >>> 旅のごろ寝で、もし着物の紐が切れたなら、私の手が縫うと思ってこの針で付けて下さい。 鑑賞 >>> 武蔵国橘樹郡の防人…
訓読 >>> 今日(けふ)よりは返り見なくて大君(おほきみ)の醜(しこ)の御楯(みたて)と出で立つ我(わ)れは 要旨 >>> 今日からは、もう決して後を振り返ることなく、大君の醜の御盾として出立するのだ、私は。 鑑賞 >>> 大伴家持が収集したと…