大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

坊さんが女を口説いた!・・・巻第2-96~100

訓読 >>>

96
み薦(こも)刈る信濃の真弓(まゆみ)わが引かば貴人(うまひと)さびていなと言はむかも
97
み薦刈る信濃の真弓引かずして強(し)ひざる行事(わざ)を知るとは言はなくに
98
梓弓(あづさゆみ)引かばまにまに依(よ)らめども後の心を知りかてぬかも
99
梓弓(あづさゆみ)弦緒(つらを)取りはけ引く人は後の心を知る人ぞ引く
100
東人(あづまひと)の荷前(のさき)の箱の荷の緒(を)にも妹は心に乗りにけるかも

 

要旨>>>

〈96〉薦を刈る信濃の弓を引くように、私があなたの気を引いたとしても、あなたは高貴な女らしく、つんとすまして、嫌だとおっしゃるのでしょうね。

〈97〉弓を引くように私の心を引いたとおっしゃいますけど、強く引いても下さらないのに、どうして私が気がつきましょうか。

〈98〉弓を引くように私の心を引かれるのでしたら、あなたのお気持ちにも添いましょう。でも、後々のあなたのお心については分かりませんね。

〈99〉弦をつけて梓弓を引く人は、どうなるか判っているからこそ引くのです。そのように、女を誘う男は先々まで相手の心を読み取って誘うのですよ。

〈100〉東国の人が献上品の初穂を入れた箱の荷をしばる紐のように、あなたは私の心にすっかり乗りかかってしまった。もう忘れることなどできません。

 

鑑賞 >>>

 久米禅師(くめのぜんじ)というお坊さんが、石川郎女(いしかわのいらつめ)という女性を口説いた時の歌のやり取りです。96と99~100が久米禅師の歌、97と98が石川郎女の歌です。久米禅師は伝未詳でが、禅師というからには高僧でしょう。石川郎女は他でも登場し、同一人なのか他人なのか分かっていません。一説では、それぞれの歌から考えて多く見ると6人の石川郎女が登場しているともいいます。ここでの石川郎女天智天皇時代、考えられる6人の中では最も古い時代の女性です。「いらつめ」というのは婦人の愛称です。

 禅師の言い寄り方は、相手に対し「うま人さびて」と挑発的にへりくだっている点、遠慮がちなくせに馴れ馴れしいところが、当時の歌としては珍しく、石川郎女の返歌もそれに応じて軽やかな屈折があります。結局、2人は結ばれたのかどうか、よく分かりません。高僧である禅師が女を口説くなんて・・・、と思うところですが、これは禅師が在俗中の話であるとする見方もあるようです。

 96の「み薦刈る」は「信濃」の枕詞。「薦(こも)」は沼沢地に生えるイネ科の多年草信濃国に多いので信濃の枕詞になったといわれます。「信濃の真弓」は、信濃が弓を多く生産したための呼称で、「真(ま)」は美称。ここまでの2句は、次の「引く」を導く序詞。97の「梓弓」は、梓の木でつくった丸木の弓で、「引く」の枕詞です。

 

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