訓読 >>>
627
我(わ)が手本(たもと)まかむと思はむ大夫(ますらを)は変若水(をちみづ)求め白髪(しらか)生(お)ひにけり
628
白髪(しらか)生(お)ふることは思はず変若水(をちみづ)はかにもかくにも求めて行かむ
要旨 >>>
〈627〉私の袖を枕にしたいと思う殿方は、若返りの水を探しに行きなさい。頭に白髪が生えているじゃありませんか。
〈628〉白髪が生えていることは何とも思いません。いずれにしても、若返りの水は探しにいくことにしましょう。
鑑賞 >>>
佐伯宿禰赤麻呂(さえきのすくねあかまろ)という男性が、若い娘に恋をしました。627は赤麻呂から求婚された娘が返事した歌です。赤麻呂は伝未詳で、娘に求婚した際の歌は残されていませんが、返事の内容から「愛しい君の袖を枕にして寝たい」といった感じの歌だったのでしょうか。しかし、この時の赤麻呂は白髪混じりの初老だったようで(といっても40~50歳)、娘は、赤麻呂に対し、皮肉を込めて「大夫」と呼びながらも、要は「出直してこい!」と一喝しています。
娘が言っている「変若水(おちみず)」とは、日本神話の月の神・月読(つくよみ)が持っているという若返りの霊水のことです。ただ、記紀の神話の中に出ているのではなく、もっぱら『万葉集』において語られているものです。おそらくは民間伝承によって生まれた霊薬なのでしょう。
628は、求婚した娘からの返事(627)に対し、赤麻呂が答えて詠んだ歌です。娘からの一喝をものともせず(あるいは空気が全く読めず)、極めて前向きな態度を示しています。まさにオヤジの真骨頂、「その意気やよし!」と言いたいところですが、この歌を受け取った娘のうんざりした顔が目に浮かぶようです。
枕詞と序詞
枕詞は和歌で使われる修辞技法の一つで、『万葉集』に多く見られます。ふつうは5音からなり、それぞれが決まった語について、語調や意味を整えたりします。ただし、枕詞自体は、語源や意味がわからないものが殆どです。
序詞(じょことば)は和歌の修辞法の一つで、表現効果を高めるために譬喩・掛詞・同音の語などを用いて、音やイメージの連想からある語を導くものです。枕詞と同じ働きをしますが、枕詞が1句以内のおおむね定型化した句であるのに対し、序詞は一回的なものであり、音数に制限がなく、2句以上3、4句に及び、導く語への続き方も自由です。