大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

夜のいとまに摘める・・・巻第20-4455~4456

訓読 >>>

4455
あかねさす昼は田 賜(た)びてぬばたまの夜のいとまに摘(つ)める芹(せり)これ

4456
丈夫(ますらを)と思へるものを太刀(たち)佩(は)きてかにはの田居(たゐ)に芹ぞ摘みける

 

要旨 >>>

〈4455〉昼間は班田の仕事で忙しく、夜の暇(いとま)に摘んだのです、この芹(せり)は。

〈4456〉立派な方だと思っていましたのに、腰に太刀を佩(は)いたまま、蟹(かに)のように田の中を這い廻って芹を摘んでおられたなんて。

 

鑑賞 >>>

 学校の歴史の授業ではなかなか教えてもらえない、歴史上の大人物たちの人間味とか人間臭さ。しかし、それらに容易に触れ合うことができるのは、やはり『万葉集』ならではと感じます。4455の歌もそうした歌の一つで、天平元年(729年)、橘諸兄(たちばなのもろえ)がまだ葛城王(かづらきおう)と称していたころ、山城国の班田長官に任ぜられて現地に赴いた時に作った歌です。

 「班田」は班田収授法にもとづいて国家が農民に口分田を貸し出す仕事をいい、この時の「班田」は、官人総動員体制で行われた大事業で、過労自殺者も出るほどの激務だったといいます。そんな多忙のなか、諸兄は仕事を終えた夜になって、なんと、女に贈るための芹(せり)をせっせと摘んだのです。

 贈られた相手は元明天皇に仕えていた薩妙観命婦(せちみょうかんのんみょうぶ)で、女は芹をもらってビックリ仰天しました。何しろ、相手は天皇の血を引く貴族中の貴族です。そんな立派な人物が、わざわざ田に入って四つん這いになって芹を摘んだとは、にわかには信じられません。そこで女が贈ったのが4456の歌です。

 4455の「あかねさす」「ぬばたまの」は、それぞれ「昼」「夜」の枕詞。4456の「丈夫」は強く堂々とした立派な男。

 

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