大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

梅花の歌(2)・・・巻第5-818~822

訓読 >>>

818
春さればまづ咲く宿の梅の花独り見つつや春日(はるひ)暮(くら)さむ

819
世の中は恋 繁(しげ)しゑやかくしあらば梅の花にもならましものを

820
梅の花今盛りなり思ふどち挿頭(かざし)にしてな今盛りなり

821
青柳(あをやなぎ)梅との花を折りかざし飲みての後(のち)は散りぬともよし

822
わが園に梅の花散るひさかたの天(あめ)より雪の流れ来るかも

 

要旨 >>>

〈818〉春になるとまず最初に咲く我が家の梅の花よ、私一人だけで見ながら一日を過ごすことなど、どうしてできよう。

〈819〉人の世は恋心が尽きず辛いもの、いっそのこと梅の花にでもなりたい。

〈820〉梅の花は今盛り。親しい人たちは皆、髪にかざそうよ、今盛りの梅の花を。

〈821〉青柳を折り、梅の花をかざして酒を飲もう。飲んだ後なら、散ってしまってもいいよ。

〈822〉わが家の庭に梅の花が散る。天空の果てから、雪が流れてくるよ。

 

鑑賞 >>>

818は山上憶良の歌。
819は大伴三依(おおとものみより)の歌。
820は葛井連大成(ふじいのむらじおおなり)の歌。
821は笠朝臣麿(かさのあそみまろ)の歌。
822は大伴旅人の歌。

 大宰府での宴で詠まれた「梅花の歌」全32首のうちの5首です。32首の内訳は、前半の15首が上席、後半の17首が下席の歌となっており、ここの5首は上席者が詠んだ歌です。それにしても、宴には文芸に秀でた役人ばかりを集めたのか、それとも当時の役人はみな相当程度の文学素養を備えていたのでしょうか。会席の配置は、上席が主人の旅人を別の座に7人ずつが向かい合い、下席は幹事の者を別の座に8人ずつが向かい合っていたといいます。

 822に大伴旅人の歌がありますが、白梅を雪にたとえる発想は漢詩によく見られるものです。旅人は梅花という中国由来の素材だけでなく、その詠み方をも漢詩にならうことによって、和歌と漢詩の融合をはかったようです。なお、この時の旅人は66歳。2年前に妻を亡くした旅人にとって、この宴は、傷心を癒してくれる風雅のいっときであったことでしょう。また、818の山上憶良の歌は、旅人への、それとはない慰めのようにも感じられる歌となっています。

 

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