大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

三重に結ふべく我が身はなりぬ・・・巻第13-3272~3273

訓読 >>>

3272
うち延(は)へて 思ひし小野(をの)は 遠からぬ その里人(さとびと)の 標(しめ)結(ゆ)ふと 聞きてし日より 立てらくの たづきも知らに 居(を)らくの 奥処(おくか)も知らに にきびにし 我(わ)が家(いへ)すらを 草枕(くさまくら) 旅寝(たびね)のごとく 思ふ空 苦しきものを 嘆く空 過ぐし得ぬものを 天雲(あまくも)の ゆくらゆくらに 葦垣(あしかき)の 思ひ乱れて 乱れ麻(を)の 麻笥(をけ)をなみと 我(あ)が恋ふる 千重(ちへ)の一重(ひとへ)も 人知れず もとなや恋ひむ 息の緒(を)にして

3273
二つなき恋をしすれば常(つね)の帯(おび)を三重(みへ)結ふべく我(あ)が身はなりぬ

 

要旨 >>>


〈3272〉ずっと気にかけていた小野は、遠からぬ里人が標縄を張って我がものにしていると聞いた日から、気が動転して居ても立ってもいられず、お先真っ暗になり、住み慣れた我が家ですら、草を枕の旅寝ように落ち着かず、胸の内は苦しくてならず、晴らすこともできず、ゆらゆら揺れる天雲のように、また葦垣のように思い乱れ、乱れに乱れた麻のように収まらず、この恋心の千に一つも彼女に知られることもなく、人知れずいたずらに恋い焦がれるばかりなのか、息も絶え絶えに。

〈3273〉二度とない恋にさいなまれて、普段は一重に結ぶ帯も、三重にも結べるほどに痩せこけてしまった。

 

鑑賞 >>>

 好きな女を他の男にとられ、やつれてしまった男の悲哀の歌です。3272の「うち延へて」の「うち」は接頭語。ずっと続いて。「小野」は人里の野で、好きな女の喩え。「標結ふ」は、女を占有することの喩え。「立てらく」は「立てり」の名詞形。「たづきも知らに」は、手立てもわからないので。「居らく」は「居り」の名詞形。「奥処」は、将来。「草枕」「天雲の」「葦垣の」は、それぞれ「旅」「ゆくらゆくら」「思ひ乱れて」の枕詞。「もとな」は、わけもなく、いたずらに。「息の緒にして」は、息も絶え絶えに、または、息の続く限り。3273の「恋をしすれば」の「し」は、強意。「三重結ふべく」は、ひどく痩せた状態を表し、特に恋が原因でやつれてしまったときによく用いられた表現。

 

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巻第13について

 作者および作歌年代の不明な長歌反歌を集めたもので、部立は雑歌・相聞・問答歌・譬喩歌(ひゆか)・挽歌の五つからなっています。