大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

海に落ちてしまった斧・・・巻第16-3878

訓読 >>>

はしたての 熊来(くまき)のやらに 新羅斧(しらきをの) 落(おと)し入れ わし かけてかけて な泣かしそね 浮き出(い)づるやと見む わし

 

要旨 >>>

熊来の沼に新羅の斧を落っことしてしまったどうしよう、わっしょい。気にしすぎて泣きなさんな、浮き出てくるかもしれんぞ、見ていてやろう、わっしょい。

 

鑑賞 >>>

 能登の国の民謡とされる歌です。左注に、伝わるところでは、あるとき愚かな木こりが斧を海に落としてしまったが、鉄が水に沈んでしまえば浮かび上がることがないのを理解できなかった。そこでもう一人の木こりが即興でこの歌を作り、口ずさんで諭(さと)してやった、とあります。しかし、歌にある「浮き出づるや見む」というのが「諭す」ことになるのか、理解に苦しむところです。むしろ、泣いている木こりは鉄が浮かんでこないのを理解しているから泣いているのであり、諭す方が、それを理解できない愚か者で「浮き出づるや見む」と言っているとみるべきでしょう。

 「はしたての」は「熊木」の枕詞ですが、その意味はよく分かっていません。「熊木」は、能登湾西岸の七尾市中島町にあった村で、現在では「熊木川」という川にその名が残っています。「やら」は語義未詳ながら、水底の意か。「新羅斧」は、新羅から渡来した斧。「かけてかけて」は、気にしすぎて。「な泣かしそね」の「泣かす」は「泣く」の敬語、「な~そね」は禁止。「わし」は「わっしょい」とか「よいしょ」などに類する囃し言葉。この「わし」という囃し言葉は能登の歌以外に見られないことから、当地独特の歌い方だったようです。

 

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