訓読 >>>
3312
こもくりの 泊瀬小国(はつせをぐに)に よばひせす 我(わ)が天皇(すめろき)よ 奥床(おくとこ)に 母は寝(い)ねたり 外床(とどこ)に 父は寝(い)ねたり 起き立たば 母知りぬべし 出でて行かば 父知りぬべし ぬばたまの 夜(よ)は明け行きぬ ここだくも 思ふごとならぬ 隠(こも)り妻(づま)かも
3313
川の瀬の石(いし)踏(ふ)み渡りぬばたまの黒馬(くろま)来る夜(よ)は常(つね)にあらぬかも
要旨 >>>
〈3312〉この泊瀬の国に妻問いをされる我が君よ。奥の寝床には母が寝ていて、入口近くの寝床には父が寝ています。起き出せば母が気づくでしょうし、部屋から出て行けば父が気づくでしょう。ためらううちに夜は明けてきました。ああ、こんなにも思うにまかせぬ隠れ妻の身です。
〈3313〉川の瀬の石を踏み渡り、あなたが黒馬の背にまたがっておいでになる夜が毎晩であってほしい。
鑑賞 >>>
両親に内緒で天皇を通わせている女の歌です。天皇までもが隠し妻の許に夜這いしていたというのは驚きますが、それほどに当時の天皇は自由気ままに行動できたのでしょうか。いったいどの天皇のことでしょうか。ひょっとして雄略天皇? 実はこれについて日本古典文学全集の『萬葉集』には、「特定の天皇をさすのではない」とあり、さらに「この歌は天皇を主人公とする伝承歌だったのであろう」とあります。よかったです、ちょっと安心しました。
3312の「こもりくの」「ぬばたまの」は、それぞれ「泊瀬」「夜」の枕詞。「隠り妻」は、通ってくる夫があるのを隠している妻。3313の「黒馬」は、夜間に人目につきにくい馬なので、妻問いによく利用されていたといいます。