訓読 >>>
かくばかり恋ひつつあらずは朝に日(け)に妹(いも)が踏むらむ地にあらましを
要旨 >>>
これほどに恋し続けるくらいなら、朝も昼も、あの娘が踏んでいる土になったほうがましだよ。
鑑賞 >>>
恋わずらいに苦しむ男の歌です。どうにもこうにも彼の思いは遂げられそうもないようで、もし好きなあの娘(こ)に触れることができるのなら、たとえあの娘が踏む土になったって構わない、と言っています。健気な男の心の叫びといえなくもありませんが、やや危ない感じもしないではありません。そういえば学生時代に耳にしたのが、誰かが「好きな子の自転車のサドルになりたい」と言ったとか言わないとか・・・。
もっとも、この歌のように、逢えずに苦しむよりは、何かの物になって相手の身に触れていたいと詠んだ歌は、男女を問わず『万葉集』には少なくないのですが、王朝の歌人たちにそれと似た作はまず見られません。後には忘れ去られた「万葉のこころ」といえましょう。