訓読 >>>
おのれ故(ゆゑ)罵(の)らえて居(を)れば青馬(あおうま)の面高(おもたか)夫駄(ぶだ)に乗りて来(く)べしや
要旨 >>>
あんたのせいで叱られている折も折、人目につく白い面長の馬に乗って、よくも堂々と訪ねて来れたものですね。
鑑賞 >>>
女が、男との交際を保護者から叱責されている最中に、タイミング悪く男がやって来た。それも人目につく白い馬で堂々と。ふつう恋人のもとへそっと訪れる男は、目立たないように黒や栗毛の馬に乗るのに、なんという無神経さ。女の怒りはすさまじく、相手を「君」とか「わが背子」と言わずに「おのれ」と言っています。
そういえばいつだったか、電車の中で若いカップルが口論しているのに出会ったことがあります。耳をそばだてて聞いていましたら、女の子が相手の男に向かって「おのれがナントカ、カントカ・・・」と、えらい剣幕で責め立てています。古今、女が男に対して怒り心頭に発したときは「おのれ」と言うようです。
なお、歌中の「面高」は、面長の意味とするほか、顔がごつごつしている、あるいは顔を高く上げたさまとする説があります。「夫駄」は夫役に使う荷馬のことで、この言葉も、相手をののしっていうときに使われるようです。
なお左注には「この一首は、平群文屋朝臣益人が伝えて云わく、昔、紀皇女(天武天皇の皇女)がひそかに高安王と通じて叱られているときに、この歌を作ったと聞いている。ただし、高安王は左遷されて伊予の国守に任ぜられた」旨の記載があります。しかし、高安王は紀皇女より時代が新しい人であるため、多紀皇女(たきのひめみこ)ではないかとする見方があります。