大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

世間を何に譬へむ・・・巻第3-351

訓読 >>>

世間(よのなか)を何に譬(たと)へむ朝開(あさびら)き漕(こ)ぎ去(い)にし船の跡(あと)なきごとし

 

要旨 >>>

世の中を何に譬えたらよかろう。船が夜明けに漕ぎ去ったあとには何の跡形もなくなってしまう。人生もそんなものだろうか。

 

鑑賞 >>>

 沙弥満誓(さみまんぜい)が、大伴旅人の「酒を讃める歌」(巻第3-338~350)に呼応して詠んだ作ともいわれ、すぐその次に載せられている歌です。世間を仏者のいう無常という面から捉え、上2句が自問、3句以下が自答した形になっています。「朝開き」は、港に泊まっていた船が夜明けとともに漕ぎ出すこと。当時、大宰府にあった満誓は、自然と海に接することが多かったところから、実際に目にした風景を譬えたのでしょう。

 ちなみに旅人が詠んだのは、「生ける者つひにも死ぬるものにあればこの世なる間は楽しくあらな」(349)という歌です。

 作者の沙弥満誓(生没年未詳)は笠氏の出身で、俗名は麻呂。和銅年間に美濃守として活躍、その政績を賞せられ、また木曽道を開き、養老年間には按察使(あぜち)として尾張三河信濃3国を管するなどして順調に昇進を重ねました。その後、元明上皇の病に際して出家入道を請い許され、以後は満誓と号しました。「沙弥」は剃髪していても妻子のある在家の僧をいいます。養老7年(723年)に造筑紫観世音寺別当として大宰府に下向、大伴旅人らのいわゆる「筑紫歌壇」の一員となり、万葉集には7首の短歌を残しています。

 

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