大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

東歌(12)・・・巻第14‐3529

訓読 >>>

等夜(とや)の野に兎(をさぎ)狙(ねら)はりをさをさも寝なへ児(こ)ゆゑに母にころはえ

 

要旨 >>>

等夜(とや)の野に兎を狙っているわけではないが、ろくすっぽ寝てもいないあの子なのに、母親にこっぴどく叱られてしまった。

 

鑑賞 >>>

 「等夜の野」は、所在未詳。「等夜の野に兎ねらはり」は「をさをさ」を導く序詞。「兎(をさぎ)」は、兎の東語。娘に近づく機会を狙っているのを、兎を狙うことに喩えています。「をさをさ」は下に打消の語をともなう副詞で、ほとんどの意。「寝なへ」は、東語の打消しの助動詞「なふ」が更に訛ったもの。「ころはえ」は、大声で叱られる。兎は狩りなどでも身近な動物だったはずですが、『万葉集』で兎を詠んでいるのはこの1首のみです。

 

巻第14と東歌について

 巻第14は「東国(あづまのくに)」で詠まれた作者名不詳の歌が収められており、巻第13の長歌集と対をなしています。国名のわかる歌とわからない歌に大別し、それぞれを部立ごとに分類しています。当時の都びとが考えていた東国とは、おおよそ富士川信濃川を結んだ以東、すなわち、遠江駿河・伊豆・相模・武蔵・上総・下総・常陸信濃・上野・下野・陸奥の国々をさしています。『万葉集』に収録された東歌には作者名のある歌は一つもなく、また多くの東国の方言や訛りが含まれています。

 もっともこれらの歌は東国の民衆の生の声と見ることには疑問が持たれており、すべての歌が完全な短歌形式(五七五七七)であり、音仮名表記で整理されたあとが窺えることや、方言が実態を直接に反映していないとみられることなどから、中央側が何らかの手を加えて収録したものと見られています。また、東歌を集めた巻第14があえて独立しているのも、朝廷の威力が東国にまで及んでいることを示すためだったとされます。