訓読 >>>
父母(ちちはは)が頭(かしら)かき撫(な)で幸(さ)くあれて言ひし言葉(けとば)ぜ忘れかねつも
要旨 >>>
父と母とがかわるがわるにやさしく頭をかき撫でて、元気に過ごしてほしいと言った言葉が忘れられない。
鑑賞 >>>
駿河国の防人、丈部稲麻呂(はせべのいなまろ)の歌。「頭かき撫で」というのは単なる愛撫ではなく、祝の言葉に伴わせる一つの呪法ではなかったかともいわれますが、やっと正丁に達したばかりの、まだあどけなさの残る若者の姿が目に浮かびます。「幸(さ)く」は「さきく」の方言。「あれて」の「て」は「と」の方言。「言葉(けとば)ぜ」の「けとば」は「ことば」の方言、「ぜ」は「ぞ」の方言。駿河国ではこのように「о」を「e」とする訛りが多くありました
防人歌には、父母や妻子を思う歌が数多くあります。一方、王朝の歌では、親への慕情を詠うものは極めてまれであり、平安期以降の旅の歌に、父母を思う作はほとんど見られなくなっています。人の心の最たる「まこと」であるはずなのに、雅(みやび)の世界にはふさわしくないとされたのでしょうか。
巻第20「防人歌」の構成
兵部少輔の大伴家持に上進された防人たちの歌は、全部で166首ありましたが、「拙劣歌は取り載せず」として82首が省かれました。巻第20の防人歌の構成と国別内訳は下記のとおりです。
遠江国の防人の歌
4321~4327・・・進上18首のうち7首
相模国の防人の歌
4328~4330・・・進上8首のうち3首
大伴家持の歌
4331~4336
駿河国の防人の歌
4337~4346・・・進上20首のうち10首
上総国の防人の歌
4347~4359・・・進上19首のうち13首
常陸国の防人の歌
4363~4372・・・進上17首のうち10首
下野国の防人の歌
4373~4383・・・進上18首のうち11首
下総国の防人の歌
4384~4394・・・進上22首のうち11首
大伴家持の歌
4398~4400
信濃国の防人の歌
4401~4403・・・進上12首のうち3首
上野国の防人の歌
4404~4407・・・進上12首のうち4首
大伴家持の歌
4408~4412
武蔵国の防人の歌
4413~4424・・・進上20首のうち12首
昔年の防人の歌
4425~4432
昔年に交替した防人の歌
4436