大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

飯食めどうまくもあらず・・・巻第16-3857

訓読 >>>

飯(いひ)食(は)めど うまくもあらず 行き行けど 安くもあらず あかねさす 君が心し忘れかねつも

 

要旨 >>>

ご飯を食べても美味しくないし、いくら歩き回っても心は落ち着きません。あなたの真心を忘れることができません。

 

鑑賞 >>>

 左注に「伝へて云はく」と、次のような説明があります。「佐為王(さいのおおきみ)のそばに仕える召使いの女がいた。夜も昼も仕えているので、夫になかなか逢えない。心は鬱々として晴れず恋しくてたまらない。すると、宿直の夜に夢の中で夫と逢い、驚いて目覚め、手探りで抱きつこうとしたが、まったく手に触れることができない。そこで涙にむせんですすり泣き、大きな声でこの歌を吟詠した。王はこれを聞いてかわいそうに思い、それからはずっと宿直を免じた」。

 「佐為王」は葛城王橘諸兄)の弟で、天平8年に兄とともに臣籍に下り、橘宿禰の姓氏を賜わった人。「あかねさす」は血色のよい意で、「君」の枕詞。「行き行けど」は原文「雖行往」で、「寝(い)ぬれども」と訓み、「寝ても安らかに眠れない」と解釈するものもあります。「心し」の「し」は強意。「心」は原文では「情」という字になっており、それを「こころ」と読ませています。そのような例は『万葉集』には多くあり、情と書いた場合と、心と書いた場合とでは、同じ「こころ」でも、何かニュアンスの広がりの違いが感じられるところです。