大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

星の林に漕ぎ隠る見ゆ・・・巻第7-1068

訓読 >>>

天(あめ)の海に雲の波立ち月の船(ふね)星の林に漕(こ)ぎ隠(かく)る見ゆ

 

要旨 >>>

天の海に雲の白波が立ち、その海を月の船が漕ぎ渡り、星の林に隠れていくのが見える。

 

鑑賞 >>>

 巻7の雑歌の冒頭に収められている「天(あめ)を詠む歌」です。天を海に、雲を波に、月を船に、星を林に見立てています。このような趣向は漢詩に多くみられるもので、その影響が濃いとされます。七夕の歌であると思われますが、月の船を漕いでいるのは月人壮士(つきひとおとこ)。壮大で、ロマンチックなメルヘンの世界の歌であり、巻頭に置かれているのは、当時も高く評価されていたことが窺えます。現代の私たちにもお馴染みの月見の風習は、中国盛唐の時代に起こり、日本に伝わったのは平安期になってからです。万葉時代には、月は神秘の対象だったのです。

 なお、この歌は海外でも人気が高く、その英訳は次のようなものです。「On the sea of heaven the waves of clouds rise, and I can see the moon ship disappearing as it is rowed into the forest of stars.」

 この歌は『柿本人麻呂歌集』から採られている歌です。『柿本人麻呂歌集』は、万葉集編纂の際に材料となった歌集の一つで、人麻呂自身の作のほか、他の作者の歌や民謡などを集めています。この歌も作者ははっきりしませんが、漢詩の趣向が見られるところから、当時の先端を行く文化に触れる機会のあった宮廷の人物が詠んだものと想像され、やはり人麻呂の作ではないかとされます。