大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

琴取れば嘆き先立つ・・・巻第7-1129

訓読 >>>

琴(こと)取れば嘆き先立つけだしくも琴の下樋(したひ)に妻や隠(こも)れる

 

要旨 >>>

琴を弾こうと手にすると、先ず嘆きが先に立つ。ひょっとして亡き妻が下樋の中にこもっているのであろうか。

 

鑑賞 >>>

 題詞に「倭琴(やまとごと)を詠む」とあり、男やもめの歌とみられます。「けだしくも」は、ひょっとしたら。「下樋」は、琴の表板と裏板の間の空洞の部分。古代、物が空洞になっているところには霊魂がこもると信じられており、作者は、亡き妻が愛用していた琴を弾こうとする時に、それを感じたようです。

 万葉学者の伊藤博は「『嘆き』は単に悲嘆、哀傷の意ではあるまい。その心情をもこめつつ、音色にいたく引かれてしまう切実な感動をいうのであろう。格別に気高い音色をだす琴なのだが、妻との思い出がこもるので弾く前にいっそう感極まってしまうという心。つまりは、きわめて複雑微妙な形で琴をほめている」と説明しています。また、また、琴を持つのは上流階級の人に限られており、この歌の作者を、妻を亡くした大伴旅人と推定する見方もあるようです。

 「琴取れば嘆き先立つ」の語句は、後の歌人たちに好まれ、さまざまな変化が加えられながら、常套的な文学表現として受け継がれていきました。