大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

偽も似つきてぞする・・・巻第11-2572

訓読 >>>

偽(いつはり)も似つきてぞする何時(いつ)よりか見ぬ人恋ふに人の死(しに)せし

 

要旨 >>>

嘘をおっしゃるのもいい加減になさいまし。まだ一度もお逢いしたことなどないのに焦がれ死にするなんて。何時の世の中に、そんな人がいましたか?

 

鑑賞 >>>

 男が恋を訴えてきたのに対し、女が答えた歌です。「偽も似つきてぞする」は、嘘も本当らしく言うものだ、という意味です。逢ってもいないのに、好きで好きで死にそうだ、という手紙でも寄こしてきたのでしょうか。お互いの顔を見たことがないというのは、身分ある階級の者同士なのかもしれません。気丈と聡明さの感じられる歌であり、斎藤茂吉は次のように評しています

 「一首の意。嘘をおっしゃるのも、いい加減になさいまし。まだ一度もお逢いしたことがないのに、こがれ死するなどとおっしゃる筈はないでしょう。何時の世の中にまだ見ぬ恋に死んだ人が居りますか、というような意味のことを、こういう簡潔な古語でいいあらわしているのは実に驚くべきである。『偽も似つきてぞする』は、偽をいうにも幾らか事実に似ているようにすべきだ、あまり出鱈目の偽では困る、というようなことを、こう簡潔にいうので日本語のよいところが遺憾なく出ている」。