大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

遣新羅使人の歌(12)・・・巻第15-3625~3626

訓読 >>>

3625
夕(ゆふ)されば 葦辺(あしへ)に騒(さわ)き 明け来れば 沖になづさふ 鴨(かも)すらも 妻とたぐひて 我(わ)が尾には 霜(しも)な降りそと 白たへの 羽(はね)さし交(か)へて うち払ひ さ寝(ぬ)とふものを 行く水の 帰らぬごとく 吹く風の 見えぬがごとく 跡もなき 世の人にして 別れにし 妹(いも)が着せてし なれ衣(ごろも) 袖(そで)片敷(かたし)きて ひとりかも寝(ね)む

3626
鶴(たづ)が鳴き葦辺(あしへ)をさして飛び渡るあなたづたづしひとりさ寝(ぬ)れば

 

要旨 >>>

〈3625〉夕方になると葦辺にやってきて鳴き騒ぎ、夜明けになると沖の波間に漂う鴨たちでさえ、妻と連れ立ち、自分たちの尾羽に霜よ降るなと、互いに羽をさしかわして霜をうち払って共寝するというのに、この私は、流れゆく水が帰らぬように、吹く風が見えないように、跡形も残らないこの世の人の定めとして、離れ離れになった妻が着せてくれた、すっかり着慣れた着物を一つだけ敷いて、ひとりで寝なければならないのか。

〈3626〉鶴が鳴きながら葦辺に向かって飛んで行く。ああ、言いようもなく心細い、ひとりきりで寝ていると。

 

鑑賞 >>>

 題詞に「古挽歌一首」とあり、一行の中に記憶している者があって、旅愁を慰めるために誦詠した歌とされます。また、左注に、丹比大夫(たじひだいぶ:伝未詳)が亡き妻を悲しみ痛んで作った歌とありますが、歌の内容はそうしたものではなく、官命によって海岸地帯に旅した丹比大夫が、長い滞在のなか、霜の降りるような寒い夜、京の家にいる妻のことを思い、独り寝の侘びしさを嘆いている歌です。

 3625の「夕されば」は、夕方になると。「なづさふ」は、浮き漂う。「たぐひて」は、伴って、連れ立って。「霜な降りそ」の「な~そ」は、禁止。「白たへの」は「羽」の枕詞。「なれ衣」は、着慣れた衣服。「袖片敷きて」は、共寝しないで、の意。「ひとりかも寝む」の「かも」は、詠嘆的疑問。3626の上3句は「たづたづし」を導く序詞。「たづたづし」は、心細い。「さ寝れば」の「さ」は、接頭語。