訓読 >>>
一日(ひとひ)には千重(ちへ)しくしくに我(あ)が恋ふる妹(いも)があたりに時雨(しぐれ)降る見ゆ
要旨 >>>
一日の間に、幾度も重ね重ね私が恋い焦がれるあの子の家のあたりに、時雨がしきりに降っている。
鑑賞 >>>
『柿本人麻呂歌集』所収の「雨を詠む」歌。「一日には」は、一日のうちには。「千重」は、幾度もを強調した語。「しくしくに」は、しきりに、絶え間なく。この歌について窪田空穂は、「奔放であるとともに統一があって、技巧としても超凡なものである。人麿以外の者には詠めない歌で、若き日の人麿を思わせるに足りる歌である」と述べています。
『柿本人麻呂歌集』について
『万葉集』には題詞に人麻呂作とある歌が80余首あり、それ以外に『人麻呂歌集』から採ったという歌が375首あります。『人麻呂歌集』は『万葉集』成立以前の和歌集で、人麻呂が2巻に編集したものとみられています。
この歌集から『万葉集』に収録された歌は、全部で9つの巻にわたっています(巻第2に1首、巻第3に1首、巻第3に1首、巻第7に56首、巻第9に49首、巻第10に68首、巻第11に163首、巻第12に29首、巻第13に3首、巻第14に5首。中には重複歌あり)。
ただし、それらの中には女性の歌や明らかに別人の作、伝承歌もあり、すべてが人麻呂の作というわけではないようです。題詞もなく作者名も記されていない歌がほとんどなので、それらのどれが人麻呂自身の歌でどれが違うかのかの区別ができず、おそらく永久に解決できないだろうとされています。
文学者の中西進氏は、人麻呂はその存命中に歌のノートを持っており、行幸に従った折の自作や他作をメモしたり、土地土地の庶民の歌、また個人的な生活や旅行のなかで詠じたり聞いたりした歌を記録したのだろうと述べています。