大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

商返しめすとの御法あらばこそ・・・巻第16-3809

訓読 >>>

商返(あきかへ)しめすとの御法(みのり)あらばこそ我(あ)が下衣(したごろも)返し給(たま)はめ

 

要旨 >>>

契約を反古にしてもかまわないという法令があるのでしたら、私がさしあげた形見の下着をお返し下さるのも分かりますが・・・。

 

鑑賞 >>>

 左注に「この歌には言い伝えがある」として、次のような説明があります。あるとき、幸(うるわしみ)せらえし(寵愛を受けた)娘子がいた。姓名はわからない。その寵愛が薄らいだのち、差しあげた形見を返してこられた。そこで娘子は恨みに思ってこの歌を作って献上した。「幸」は天皇から寵愛を受けたことを表す語で、相手の男は天皇かそれに近い身分の人だったとみえます。

 「商返し」は、商取引を反故にして、商品を返却したり代価を取り返したりすることで、法令で禁じられていたようです。「めす」は法令として施行する意。「下衣」は、愛情の証の形見として交換した肌着。

 恋人同士で交わされた形見、とりわけ衣のような品は、二人の関係が絶えると相手に送り返したようです。そうした品にはお互いの魂が宿っているので、それをいつまでも手許に留めておくのは許されないとされていたとみられます。