大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

君がため醸みし待酒・・・巻第4-555

訓読 >>>

君がため醸(か)みし待酒(まちざけ)安(やす)の野にひとりや飲まむ友なしにして

 

要旨 >>>

あなたと飲み交わそうと醸造しておいた酒も、安の野で一人寂しく飲むことになるのか。友がいなくなってしまうので。

 

鑑賞 >>>

 大宰帥大伴旅人が、民部卿民部省の長官)として転任することになった大弐(大宰府の次官)の丹比県守(たじひのあがたもり)に贈った歌。丹比県守は、左大臣正二位多治比嶋の子で、唐に派遣されたこともある人です。家柄からして、旅人にとっては胸襟を開いて接することができた、ごく少数の友だったとみえます。「醸みし待酒」は、接待するために醸造して用意していた酒の意。「安の野」は、大宰府の東南にあった野で、大宰府の官人がよく野遊びをしていた所。

 酒の醸造方法は、古くは「口醸(くちか)み」とされ、女性が蒸し米を口でよく噛み、唾液の作用で糖化させ、容器に吐き入れたものを、空気中の酵母によって発酵させるというものでした。そこから「醸(か)む」「醸(かも)す」と言われます。この歌が詠まれた奈良時代には、すでに麹を用いた酒造が行われていました。