訓読 >>>
3842
童(わらは)ども草はな刈(か)りそ八穂蓼(やほたで)を穂積(ほづみ)の朝臣(あそ)が腋草(わきくさ)を刈れ
3843
いづくにぞま朱(そほ)掘る岡 薦畳(こもたたみ)平群(へぐり)の朝臣(あそ)が鼻の上を掘れ
要旨 >>>
〈3842〉おい、みんな、草なんか刈らなくていいぞ。いっぱい生えているあの穂積のおやじの臭い腋くさを刈れ。
〈3843〉どこにあるのか、朱を掘るのによい丘は。ほら、薦畳のような平群の朝臣の鼻の上を掘れ。
鑑賞 >>>
3842は、平群朝臣(へぐりのあそみ)が穂積朝臣(ほづみのあそみ)をからかった歌。3843は、穂積朝臣が答えた歌。平群朝臣は、天平勝宝5年(753年)従四位上・武蔵守で没した平群朝臣広成、また穂積朝臣は、天平9年(737年)に外従五位下になった穂積朝臣老人かといわれます。
3842の「草はな刈りそ」の「な~そ」は、禁止。「八穂蓼を」は、多くの穂がある蓼で、「穂積」に掛かる枕詞。「腋草」は、わき毛。「草」に「臭」を掛けています。3843の「ま朱」は、水銀の原料にする赤い土。「薦畳」は、薦で編んだ畳で、畳の重(へ)の意で「平群」に掛かる枕詞。平群朝臣の赤い鼻をからかい返しています。
かの正岡子規は、『万葉集』の巻第16について。次のように述べています。
―― 万葉20巻のうち、最初の2、3巻がよく特色を表し、秀歌に富めることは認めるが、ただ、万葉崇拝者が第16巻を忘れがちであることには不満である。寧ろその一事をもって万葉の趣味を解しているのか否かを疑わざるを得ない。第16巻は主として異様な、他に例の少ない歌を集めており、その滑稽、材料の複雑さ等に特色がある。しかし、その調子は万葉を通じて同じであり、いかに趣向に相違があるとしても、それらはまごうことなき万葉の歌である。
そして、はるか千年前の歌にこのような歌が存在したことを人々に紹介し、万葉集の中にこの一巻があることを広く知らしめたい。――