大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

神樹にも手は触るといふを・・・巻第4-517

訓読 >>>

神樹(かむき)にも手は触(ふ)るといふをうつたへに人妻といへば触れぬものかも

 

要旨 >>>

触れたら罰が当たるという御神木にも手を触れる人があるというのに、人妻だからと言うだけで、決して触れられないものだろうか。

 

鑑賞 >>>

 大伴安麻呂(おおとものやすまろ)の歌。672年の壬申の乱では、叔父の馬来田(まぐた)、吹負(ふけい)や兄の御行(みゆき)とともに天武側について従軍して功をあげました。天武政権になって後は功臣として重んぜられ、新都のための適地を調査したり、新羅の使者接待のため筑紫に派遣されたりしました。和銅7年(714年)5月に死去した時は、大納言兼大将軍・正三位の地位にあり、佐保に居宅があったため、「佐保大納言卿」と呼ばれました。大伴旅人の父であり、家持の祖父にあたります。

 そんな安麻呂といえども、人妻には心を乱されたようです。道義心と恋情とが激しくせめぎ合うジレンマに陥っているようですが、果たして彼の許されぬ恋の結末やいかに。「神樹」は、神が降りるとして清められている神聖な樹木。「うつたへに」は、打消しの語を伴って、決して、まったくの意。「触れぬものかも」の「かも」は、単純な疑問と解すれば「触れてはならないものだろうか」の意になりますが、反語とすれば「触れないものか、いや触れるぞ」という意になります。