大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

帰ります間も思ほせ我れを・・・巻第10-1890

訓読 >>>

春山(はるやま)の友鶯(ともうぐひす)の泣き別れ帰ります間(ま)も思ほせ我(わ)れを

 

要旨 >>>

春山のウグイスが仲間同士で鳴き交わして別れるように、泣く泣く別れてお帰りになるその道すがらの間でも、思って下さい、この私のことを。

 

鑑賞 >>>

 女のもとを訪れていた男が帰るに際し、女が贈った歌です。上2句は「泣き別れ」を導く序詞。「友鶯」は、ウグイスが連れ立っているように見えるところから友といったもの。他には例のない表現ですが、漢籍には友を求めて鳴くウグイスの例が多く見られ、その知識が下敷きになっているようです。「帰ります」「思ほせ」は、それぞれ「帰る」「思へ」の尊敬語。

 国文学者の窪田空穂は、この歌を評し、「敬語を二つまで続けているのも異様であるし、一首の調べがたどたどしく、一貫しての力はもっていない。作歌に慣れない女の、その場での咄嗟の作という趣をもったものである」と述べています。僭越ながら不肖私としましては、「友鶯」という表現が何となく好きですし、むしろ手馴れていないたどたどしさに真心が窺えて、魅力を感じます。

 

柿本人麻呂歌集』について

 『万葉集』には題詞に人麻呂作とある歌が80余首あり、それ以外に『人麻呂歌集』から採ったという歌が375首あります。『人麻呂歌集』は『万葉集』成立以前の和歌集で、人麻呂が2巻に編集したものとみられています。

 この歌集から『万葉集』に収録された歌は、全部で9つの巻にわたっています(巻第2に1首、巻第3に1首、巻第3に1首、巻第7に56首、巻第9に49首、巻第10に68首、巻第11に163首、巻第12に29首、巻第13に3首、巻第14に5首。中には重複歌あり)。

 ただし、それらの中には女性の歌や明らかに別人の作、伝承歌もあり、すべてが人麻呂の作というわけではないようです。題詞もなく作者名も記されていない歌がほとんどなので、それらのどれが人麻呂自身の歌でどれが違うかのかの区別ができず、おそらく永久に解決できないだろうとされています。

 文学者の中西進氏は、人麻呂はその存命中に歌のノートを持っており、行幸に従った折の自作や他作をメモしたり、土地土地の庶民の歌、また個人的な生活や旅行のなかで詠じたり聞いたりした歌を記録したのだろうと述べています。