大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

大海を候ふ港事しあらば・・・巻第7-1308~1310

訓読 >>>

1308
大海(おほうみ)を候(さもら)ふ港(みなと)事(こと)しあらばいづへゆ君は我(わ)を率(ゐ)しのがむ

1309
風吹きて海は荒(あ)るとも明日(あす)と言はば久しくあるべし君がまにまに

1310
雲(くも)隠(がく)る小島(こしま)の神の畏(かしこ)けば目こそば隔(へだ)て心隔てや

 

要旨 >>>

〈1308〉大海のようすをうかがう港で、もし何か事が起こったら、どちらへあなたは私を連れていって凌いでくれるのでしょうか。

〈1309〉風が吹いて海は荒れていますが、船出を明日に延ばしましようなどと言ったら、今度はいつになるやも知れません。あなたの意のままにお任せします。

〈1310〉雲に隠れている小島の神が怖いので、視線は離れてはいますが、心の方は離れていないつもりです。

 

鑑賞 >>>

 「海に寄せる」歌。1308は、女性が相手の男に「二人のことで何か事が起こっても、私のためにそれを乗り越えてくれますか」と、「大海を候ふ港」という比喩を用いて尋ねています。「候ふ」は、天候を伺いながら待機すること。「事しあらば」の「事」は事件で、「し」は、強意。「率しのがむ」は、連れて行って凌ぐのだろうか。

 1309の上2句は、世間の風当たりが強いことを譬えています。「久しくあるべし」は、待ち遠しい、いつになるか分からない。「まにまに」は、思うままに。1310の「小島の神」は、女の母親の譬え。「目こそ隔てれ」は、逢うことは控えているが、の意。「心隔てや」の「や」は反語。

 

柿本人麻呂歌集』について

 『万葉集』には題詞に人麻呂作とある歌が80余首あり、それ以外に『人麻呂歌集』から採ったという歌が375首あります。『人麻呂歌集』は『万葉集』成立以前の和歌集で、人麻呂が2巻に編集したものとみられています。

 この歌集から『万葉集』に収録された歌は、全部で9つの巻にわたっています(巻第2に1首、巻第3に1首、巻第3に1首、巻第7に56首、巻第9に49首、巻第10に68首、巻第11に163首、巻第12に29首、巻第13に3首、巻第14に5首。中には重複歌あり)。

 ただし、それらの中には女性の歌や明らかに別人の作、伝承歌もあり、すべてが人麻呂の作というわけではないようです。題詞もなく作者名も記されていない歌がほとんどなので、それらのどれが人麻呂自身の歌でどれが違うかのかの区別ができず、おそらく永久に解決できないだろうとされています。

 文学者の中西進氏は、人麻呂はその存命中に歌のノートを持っており、行幸に従った折の自作や他作をメモしたり、土地土地の庶民の歌、また個人的な生活や旅行のなかで詠じたり聞いたりした歌を記録したのだろうと述べています。