大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

たらちねの母が手放れ斯くばかり・・・巻第11-2368

訓読 >>>

たらちねの母が手放れ斯(か)くばかり術(すべ)なき事(こと)はいまだ為(せ)なくに

 

要旨 >>>

物心がつき、母の手を離れてから、これほどどうしていいか分からないことは、未だしたことがありません。

 

鑑賞 >>>

 『柿本人麻呂歌集』から、「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」。「たらちねの」は「母」の枕詞。「いまだ為なくに」は、まだしたことがないのに。切実な思いを歌っており、男の歌か女の歌か分かりませんが、年ごろになったものの未だ独り立ちできず、すぐに母を連想する若い娘の歌とみるべきでしょう。また、この歌を初体験の歌だとみる人もいるようです。相手の男に訴えている歌でしょうか。

 斎藤茂吉は、「憶良が熊凝(くまこり)を悲しんだ歌に、「たらちしや母が手離れ」(巻第5-886)といったのは、この歌を学んだものであろう」と言っています。

 

柿本人麻呂歌集』について

 『万葉集』には題詞に人麻呂作とある歌が80余首あり、それ以外に『人麻呂歌集』から採ったという歌が375首あります。『人麻呂歌集』は『万葉集』成立以前の和歌集で、人麻呂が2巻に編集したものとみられています。

 この歌集から『万葉集』に収録された歌は、全部で9つの巻にわたっています(巻第2に1首、巻第3に1首、巻第3に1首、巻第7に56首、巻第9に49首、巻第10に68首、巻第11に163首、巻第12に29首、巻第13に3首、巻第14に5首。中には重複歌あり)。

 ただし、それらの中には女性の歌や明らかに別人の作、伝承歌もあり、すべてが人麻呂の作というわけではないようです。題詞もなく作者名も記されていない歌がほとんどなので、それらのどれが人麻呂自身の歌でどれが違うかのかの区別ができず、おそらく永久に解決できないだろうとされています。

 文学者の中西進氏は、人麻呂はその存命中に歌のノートを持っており、行幸に従った折の自作や他作をメモしたり、土地土地の庶民の歌、また個人的な生活や旅行のなかで詠じたり聞いたりした歌を記録したのだろうと述べています。