大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

梅の花咲き散る園に我れ行かむ・・・巻第10-1900~1903

訓読 >>>

1900
梅の花咲き散る園(その)に我(わ)れ行かむ君が使(つかひ)を片待(かたま)ちがてり

1901
藤波(ふぢなみ)の咲く春の野に延(は)ふ葛(くず)の下(した)よし恋ひば久しくもあらむ

1902
春の野に霞(かすみ)たなびき咲く花のかくなるまでに逢はぬ君かも

1903
我(わ)が背子(せこ)に我(あ)が恋(こ)ふらくは奥山の馬酔木(あしび)の花の今盛りなり

 

要旨 >>>

〈1900〉梅の花が咲いて散るあの美しい園に私は出かけようと思う。あの方のお誘いの使いを待ってばかりはいられない。

〈1901〉藤の花が咲く春の野に葛が這うように、心の奥底で密かに恋い続けても、この思いはいつまでも果てしなく続くのだろう。

〈1902〉春の野に霞がたなびいて、花々が咲き乱れるようになっても、逢って下さらないあなたです。

〈1903〉私のいい人に恋する心は、奥山のあしびの花のように、今が真っ盛りです。

 

鑑賞 >>>

 「花に寄せる」歌。1900の「君が使」は、思い人からの便りを持ってくる使者。「片待ちがてり」の「片待つ」は、一途に待つ。「がてり」は、しかねて。1901の「藤波」は、藤が地に這い広がっているさまからの称で、転じて藤の花の意。上3句は「下」を導く序詞。「下よし」の「下」は、下心、「よ」は、より、の意の助詞、「し」は強意の副助詞。1902の「かくなるまでに」は、このように盛りになるまでも。1903の「恋ふらく」は「恋ふ」の名詞形。馬酔木の花はスズラン状の小さなつぼみをつけて咲く花で、この花が集まって咲くと、その周りは真っ白になります。有毒植物であり、馬が誤って食べると苦しがって、酔っぱらったような動きをするというので「馬酔木」と書きます。

 上代に用いられた「心」の類語に「うら」と「した」があり、『万葉集』では「うら」は26首、「した」は23首の用例が認められます。「うら」は、隠すつもりはなく自然に心の中にあり、表面には現れない気持ち、「した」は、敢えて隠そうとして堪えている気持ちを表わしています。

 

 

 

和歌の修辞技法

◆枕詞
 序詞とともに万葉以来の修辞技法で、ある語句の直前に置いて、印象を強めたり、声調を整えたり、その語句に具体的なイメージを与えたりする。序詞とほぼ同じ働きをするが、枕詞は5音句からなる。

◆序詞(じょことば)
 作者の独創による修辞技法で、7音以上の語により、ある語句に具体的なイメージを与える。特定の言葉や決まりはない。

◆掛詞(かけことば)
 縁語とともに古今集時代から発達した、同音異義の2語を重ねて用いることで、独自の世界を広げる修辞技法。一方は自然物を、もう一方は人間の心情や状態を表すことが多い。

◆縁語(えんご)
 1首の中に意味上関連する語群を詠みこみ、言葉の連想力を呼び起こす修辞技法。掛詞とともに用いられる場合が多い。

◆体言止め
 歌の末尾を体言で止める技法。余情が生まれ、読み手にその後を連想させる。万葉時代にはあまり見られず、新古今時代に多く用いられた。

◆倒置法
 主語・述語や修飾語・被修飾語などの文節の順序を逆転させ、読み手の注意をひく修辞技法。

◆句切れ
 何句目で文が終わっているかを示す。万葉時代は2・4句切れが、古今集時代は3句切れが、新古今時代には初・3句切れが多い。

◆歌枕
 歌に詠まれた地名のことだが、古今集時代になると、それぞれの地名が特定の連想を促す言葉として用いられるようになった。

『万葉集』掲載歌の索引

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