大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

物思はず道行く行くも・・・巻第13-3305~3308

訓読 >>>

3305
物思(ものも)はず 道行く行くも 青山を 振りさけ見れば つつじ花(はな) にほへ娘子(をとめ) 桜花(さくらばな) 栄(さか)へ娘子(をとめ) 汝(な)れをそも 我(わ)れに寄すといふ 我(わ)れをもそ 汝(な)れに寄すといふ 荒山(あらやま)も 人し寄すれば 寄そるとぞいふ 汝(な)が心ゆめ

3306
いかにして恋やむものぞ天地(あめつち)の神を祈れど我(あ)れや思ひ増す

3307
しかれこそ 年の八年(やとせ)を 切り髪(かみ)の よち子を過ぎ 橘(たちばな)の ほつ枝(え)を過ぎて この川の 下(した)にも長く 汝(な)が心待て

3308
天地(あめつち)の神をも我(わ)れは祈りてき恋といふものはかつてやまずけり

 

要旨 >>>

〈3305〉物思いもせずに道をずんずん歩いてゆき、青々と茂る山を振り仰いでみると、そこに咲くツツジの花のように色美しい乙女よ、桜の花のように輝いている乙女よ。そんな君を、世間では私といい仲だと言っているそうだ。こんな私が君といい仲だと噂しているそうだ。荒山だって、人が引き寄せれば寄せられるものだという。決して油断してはいけないよ。

〈3306〉どのようにしたらこの恋心がやむのだろう。天地の神に祈っているけれど、私の思いは増すばかりだ。

〈3307〉だからこそ、私は八年もの間、おかっぱ髪の少女時代を過ごし、橘が上枝よりも背が伸びた今まで、じっとあなたの心が動くのを待っていますのに。

〈3308〉天地の神々にもあなたのことを忘れられるようにとお祈りしました。でも恋というものは決して止みはしませんでした。

 

鑑賞 >>>

 3305~3306は、男が、幼馴染の女に求婚した歌。3305の「青山」は、青々と木々が茂った山。「にほへ」は、色美しい、美しく輝く。「にほふ」のもとの意味は、鉄分を含む丹土が高熱で焼かれて鮮やかな朱色に変身すること。転じて女性の美しさや自然、色などを賛美する慣用句となりました。「荒山」は、人けのない寂しい山。恋人がいないことの譬え。「人し寄すれば」は、人が引き寄せれば。「し」は強意。「寄そる」は、寄せられる。「ゆめ」は、決して。3306の「いかにして」は、どのようにしたら。

 3307~3308は、男からの求婚に答えた歌。3307の「しかれこそ」は、だからこそ。「切り髪の」は「よち子」の枕詞。「切り髪」は、肩のあたりで切り揃える髪型。「よち子」は、同い年の意ですが、ここでは少女時代の意とされます。「ほつ枝」は、木の上の方にある枝。「この川の」は「下」の枕詞。「下」は、心の底。「汝が心待て」の「待て」は、起首の「こそ」の結び。あなたの心が動くのを待っていますのに。3308は、男からの歌の3306を受けています。「かつて」は、全く。