大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

みもろの神奈備山に五百枝さし・・・巻第3-324~325

訓読 >>>

324
みもろの 神奈備(かむなび)山に 五百枝(いおえ)さし しじに生(お)ひたる 栂(つが)の木の いや継(つ)ぎ継ぎに 玉葛(たまかずら) 絶ゆることなく ありつつも やまず通はむ 明日香(あすか)の 古き都は 山高み 川とほしろし 春の日は 山し見がほし 秋の夜(よ)は 川しさやけし 朝雲(あさぐも)に 鶴(たず)は乱れ 夕霧(ゆうぎり)に かはづはさわく 見るごとに 音(ね)のみし泣かゆ 古(いにしえ)思へば

325
明日香河(あすかがは)川淀(かはよど)さらず立つ霧の思ひ過ぐべき恋にあらなくに

 

要旨 >>>

〈324〉神がおすまいになる山にたくさんの枝を差しのべて盛んに繁っている栂の木々。その名のように次々に、玉葛のように絶えることなく、ずっと通い続けたいと思う明日香の古い都は、山が高く川は雄大である。春の日々は山を眺めていたい。秋の夜は川が清らかだ。朝雲に鶴が乱れ飛び、夕霧どきは蛙が鳴き騒ぐ。ああ見るたびに泣けてくる、遠い昔を思うと。

〈325〉明日香川の川淀にいつも立ち込めている霧のように、簡単に消えるものではないのだ、我らの慕情は。

 

鑑賞 >>>

 山部赤人の歌。題詞に神丘(かみおか)に登って作った歌とあり、廃都となった明日香(天智・持統両天皇の皇宮であった飛鳥浄御原宮)への慕情を詠った歌です。人麻呂の歌をお手本に作ったようです。「神丘」は、奈良県明日香村の雷丘(いかずちのおか)。324の「神奈備山」は、神のいます山の意で、神丘をさしています。「玉葛」は「絶ゆる」の枕詞。「とほしろし」は、雄大である。「見がほし」は、見たい。325の上3句は「思ひ過ぐ」を導く序詞。「川淀」は、川の流れが滞ったところ。

 なお、ここの「恋」は原文では「孤悲」と表記されており、『万葉集』の他の歌にも同じ表記が見られます。万葉仮名には、漢字の音のみを借りる「借音表記」と、意味を考慮した「借訓表記」が混在していますが、「孤独に悲しむ」と書いて「恋」と読ませる万葉人の感性とその妙には恐れ入ります。もっとも、ここで歌われている「恋」は男女の恋情ではなく、「思う、慕う」という感情を指しています。