訓読 >>>
3767
魂(たましひ)は朝夕(あしたゆふへ)にたまふれど我(あ)が胸(むね)痛し恋の繁(しげ)きに
3768
このころは君を思ふとすべもなき恋のみしつつ音(ね)のみしぞ泣く
3769
ぬばたまの夜(よる)見し君を明くる朝(あした)逢はずまにして今ぞ悔(くや)しき
3770
味真野(あぢまの)に宿(やど)れる君が帰り来(こ)む時の迎へをいつとか待たむ
要旨>>>
〈3771〉宮廷に仕える私は安眠もできず、お帰りを今日か今日かとお待ちしているのですが、お姿を見ることはありません。
〈3772〉赦されて帰ってきた人たちが着いたと聞いて、もうほとんど死ぬところでした。もしやあなたと思って。
〈3773〉こんなことならあなたと共にに行けばよかった。旅はつらいというけれど、残っていても同じことです。何のよいこともありません。
〈3774〉あなたが帰っておいでになる、その時のため この命をつないでおこうと思います。どうか忘れないで下さい。
鑑賞 >>>
狭野弟上娘子が作った歌8首のうちの4首。3771の「宮人」は、宮仕えの女たちの意ですが、女官である自身のことを言っています。3772は、天平12年6月に大赦があり、幾人かが許されて帰京した時の作といいます。嬉しさのあまり死にそうになったと歌っていますが、この時には宅守は赦免されませんでした。その落胆ぶりはいかばかりであったか。しかし、3774では、娘子は気を取り直し、自らを力づけています。
この時の大赦は理由もなく行われたもので、『続日本紀』に、大赦から除外された犯罪、及び犯罪者の氏名が出ており、中臣宅守、石上乙麿の名があります。除外された犯罪は、職権を乱用して私腹を肥やす罪、殺人の罪、貨幣偽造の罪、強盗窃盗の罪、姦通の罪、また身分として、天皇への忠誠を要求される親衛軍の兵士とあります。