訓読 >>>
2055
天(あま)の川(がは)遠き渡りはなけれども君が舟出(ふなで)は年にこそ待て
2056
天(あま)の川(がは)打橋(うちはし)渡せ妹(いも)が家道(いへぢ)やまず通(かよ)はむ時待たずとも
2057
月(つき)重(かさ)ね我(あ)が思ふ妹(いも)に逢へる夜(よ)は今し七夜(ななよ)を継(つ)ぎこせぬかも
2058
年に装(そ)ふ我(わ)が舟漕がむ天(あま)の川(がは)風は吹くとも波立つなゆめ
2059
天(あま)の川(がは)波は立つとも我(わ)が舟はいざ漕ぎ出(い)でむ夜(よ)の更(ふ)けぬ間に
要旨 >>>
〈2055〉天の川に遠い渡し場はないのだけれど、あなたの舟出は、一年にわたってお待ちしています。
〈2056〉天の川に打橋を渡して、あなたの家への道を絶えず通おう、七夕の夜など待たないで。
〈2057〉幾月も重ねて私が恋い焦がれてきた愛しい子に、こうして逢っている夜は、さらに幾夜も続いてくれないものか。
〈2058〉年に一度飾り立てる舟をさあ漕ぎ出そう。天の川に、風が吹くことがあっても、波よ立ってくれるな、決して。
〈2059〉天の川が波立とうとも、我が舟は、さあ、思い切って漕ぎ出そう。夜が更けないうちに。
鑑賞 >>>
七夕の歌。2055の「遠き渡りはなけれども」の「渡り」は渡し場のことで、天の川の川幅は広くないけれど、の意。「年に」は、一年にわたって。2056の「打橋」は、板を渡して自由に掛け外しできる橋。「家道」は、家に行く道。「時」は、七夕の夜。2057の「今し」の「し」は、強意。「七夜」は、多くの夜。「こせぬかも」は、~してくれないかなあ。2058の「年に装ふ」は、年に一度飾る。「ゆめ」は、決して、必ず。
『懐風藻』の七夕詩
わが国に現存する最古の漢詩集『懐風藻』には、七夕の詩が6首収められています。歳時の題では一番多く採り上げられており、作者は日本人が3名、帰化人系統の人が3名です。日本人作者は、藤原不比等、藤原房前、紀男人の3人です。うち万葉集にも歌を残しているのは、藤原房前と紀男人の2名です。また、それらの漢詩では、輿、車駕、神駕、鳳の乗り物に乗って渡って行くのは、やはり織姫の方だと言えます。漢詩の七夕歌は、「織姫が天の川を渡って行く」という特徴を示しているのです。