大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

武庫川の水脈を早みと・・・巻第7-1140~1141

訓読 >>>

1140
しなが鳥(どり)猪名野(ゐなの)を来れば有馬山(ありまやま)夕霧(ゆふぎり)立ちぬ宿(やど)りはなくて  [一本云 猪名の浦みを漕ぎ来れば]

1141
武庫川(むこがは)の水脈(みを)を早みと赤駒(あかごま)の足掻(あが)く激(たぎ)ちに濡(ぬ)れにけるかも

 

要旨 >>>

〈1140〉猪名野をはるばるやって来ると、有馬山に夕霧が立ちこめてきた。宿る所もないというのに。

〈1141〉武庫川の流れが速いからか、乗っている赤駒の足掻く水しぶきで、衣が濡れてしまった。

 

鑑賞 >>>

 「摂津にて作れる」歌。摂津は、大阪府の北西部と兵庫県の東南部。大和への海の玄関口としての港があり、副都としての難波宮がありました。1140の「しなが鳥」すなわち鳰鳥(におどり)は、居並ぶの居と猪が同音であることから「猪名野」に掛かる枕詞。「猪名野」は、猪名川周辺の野。猪名川は、兵庫県大阪府の府県境付近を流れる川。「有馬山」は、六甲山または有馬温泉付近の山。『 万葉集』には2か所にしか歌われていませんが、後に紫式部の娘・大弐三位(藤原賢子)が「有馬山猪名の笹原風吹けばいでそよ人を忘れやはする」と詠んだように、歌の名所になった山です。

 1141の「武庫川」は、猪名川の西、尼崎市と西宮市の境を流れる川。「水脈を早みと」の「水脈」は、水の流れる筋、水流。「~を~み」は、「~が~ので」と理由を表します。「赤駒」は、栗毛の馬。「足掻く」は、掻くようにしてさかんに足を動かす。「激ち」は「たぎつ」の名詞形で、馬の足掻きによって起こる水しぶき。速い流れの飛び散るしぶきに濡れたことを言うのは、武庫川の水量の豊かさへの賛美であり、川を褒めながらも、旅の衣服が濡れたことを嘆いています。

 

 

※ 参考文献はこちらに記載しています。⇒『万葉集』について

『万葉集』掲載歌の索引