訓読 >>>
2584
ますらをと思へる我(わ)れをかくばかり恋せしむるは悪(あ)しくはありけり
2585
かくしつつ我(あ)が待つ験(しるし)あらぬかも世の人(ひと)皆(みな)の常(つね)にあらなくに
2586
人言(ひとごと)を繁(しげ)みと君に玉梓(たまづさ)の使(つか)ひも遣(や)らず忘ると思ふな
要旨 >>>
〈2584〉立派な男子と思っているその私を、こんなにも恋しがらせるとは、よくないことです。
〈2585〉このようにして私が待っている、その甲斐がないものか。世の人の誰もがずっと生き続けてはいられないのだから。
〈2586〉人の噂がうるさいので、あなたに使いもやらずにいますが、あなたを忘れているとは思わないでください。
鑑賞 >>>
「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」3首。2584の「かくばかり」は、こんなにも。「恋せしむるは」は、恋をさせるのは。「悪しくはありけり」は、よくないことだ。「悪しく」の原文「小可」でアシクと訓むのも確定的ではなく、「苛」の誤字だとして、カラクと訓むものもあります。「けり」は、過去の出来事に対して感動や発見を表す助動詞。男の歌で、自身の長らくの恋心の責任を女に転嫁しています。
2585の「かくしつつ」は、このようにし続けて。「験」は、甲斐、効果。「ぬかも」は、願望。「常にあらなくに」は、常住不変ではないのだから。原文「常不在國」で、ツネナラナクニと訓むものもあります。
2586の「人言」は、人の噂。「繁みと君に」の原文「茂君」で、シゲクテキミニ、シゲシトキミニ、シゲケキキミニなどと訓むものもあります。「玉桙の」は「使ひ」の枕詞。「使ひ」は、手紙を運ぶ人。女性が弁解している歌で、二人の関係を知られないために、周囲には使いの存在も秘密にしなくてはならなかったようです。
※ 参考文献はこちらに記載しています。⇒『万葉集』について