訓読 >>>
1339
月草に衣(ころも)色どり摺(す)らめどもうつろふ色と言ふが苦しさ
1340
紫の糸をぞ我が搓(よ)るあしひきの山橘(やまたちばな)を貫(ぬ)かむと思ひて
要旨 >>>
〈1339〉露草で着物を美しい青に染めようとは思うけれど、あれはすぐに褪せる色だと人が言うにつけ、心が苦しくなる。
〈1340〉紫の糸を、私は撚(よ)ります。山橘の実をこの糸に通そうと思って。
鑑賞 >>>
「草に寄する」歌。1339は、女が結婚しようとする男の移り気を心配している歌。「月草」は露草で、男の比喩。藍色の可憐なこの花は、着物を染めるのに愛用されましたが、色が褪せやすく、水に濡れたりすればすぐに消えてしまう欠点がありました。「衣色どり摺らめ」は、男の求婚を承諾する意の喩え。「うつろふ」は、色が褪せる、色が変わるで、男の移り気な心の喩え。窪田空穂は、「当時の結婚にあっては、男に真実の心が足りないと、完全に破綻するのであるから、女の警戒心の強く働くのは当然であった。また男の人柄は、他人の噂によって知るよりほかはなかったので、『言ふが』もこの場合重いものである。十分に譬喩になっている可憐な歌である」と評しています。
1340は、女が愛する男の心を留めようとしている歌。「紫の糸」は、この時代、紫は最高の色とされていたので、ここは最上の糸を意味しています。「ぞ」は、係助詞。「搓る」は、何本かの糸をねじって絡み合わせ、1本の太い糸にする。一心に準備していることの譬え。「あしひきの」は「山」の枕詞。「山橘」は、山地に自生する常緑低木のヤブコウジの古名で、夏に開花し、冬になると真っ赤な実がなります。「貫かむ」は、結婚したいという意志の譬喩で、その結婚にふさわしい糸にしようと、自らの女としての心づもりを歌っています。
※ 参考文献はこちらに記載しています。⇒『万葉集』について