訓読 >>>
1357
たらちねの母がその業(な)る桑(くは)すらに願へば衣(きぬ)に着るといふものを
1358
はしきやし我家(わぎへ)の毛桃(けもも)本(もと)茂(しげ)く花のみ咲きて成(な)らずあらめやも
1359
向(むか)つ峰(を)の若桂(わかかつら)の木(き)下枝(しづえ)取り花待つい間(ま)に嘆(なげ)きつるかも
要旨 >>>
〈1357〉母が生業としている桑でさえも、ひたすら願えば絹の着物に作って着せてくれるというのに。
〈1358〉かわいい我が家の毛桃は、根元まで花がいっぱい咲くのみで、実がならないなんてことがあろうか、そんなことはないだろう。
〈1359〉向かいの丘に立っている若桂の、下枝を手に取って花が咲くのを待っている間、もどかしくてため息が出たことだ。
鑑賞 >>>
「木に寄する」歌。1357の「たらちねの」は「母」の枕詞。「その業る」は、生業にしている。「桑すらに」は、桑でさえも。養蚕を言い換えたもの。「衣に着す」は、着物に作って着せてくれる。結婚させることの譬喩。「ものを」は、それなのにどうして。母から結婚を反対され、実らない恋を嘆いている娘の歌です。娘と逢うことをその母親から許されない男の嘆きの歌と解するものもあるようです。
1358の「はしきやし」の「はしき」は形容詞の連体形、「や・し」は詠嘆の助詞で、可愛い、愛おしい、の意。「毛桃」は、表面に柔らかい毛の生えた実のなる桃の木。上2句は愛する娘の譬えで、親の立場から詠んだ歌。「本茂く花のみ咲きて」の「木茂く」は、木の根元までびっしりと。幹から出た枝々に花が密集しているさま。男からの申し込みが多いだけで、との連想。「成らずあらめやも」の「成る」は実のなる、「や」は反語で、結婚できないはずはない、の意。
1359の「向つ峰」は、向かいの丘。「若桂」は、桂の若木。山地に生える落葉高木で、生長すると、高いものは25mくらいにも達します。上2句は、まだ婚期に達していない少女の譬え。「下枝取り」は、下の方の枝を取り、で、求婚の用意をする意。「花待つい間に」は、成長を待っている間にも。「い」は、接頭語。相手の少女が年ごろになるのを待ち望んでいる男の歌とされます。