大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

うつせみの命を長くありこそと・・・巻第13-3291~3292

訓読 >>>

3291
み吉野の 真木(まき)立つ山に 青く生(お)ふる 山菅(やますが)の根の ねもころに 我(あ)が思(おも)ふ君は 大君(おほきみ)の 任(ま)けのまにまに〈或る本に云ふ、大君の命(みこと)恐(かしこ)み〉 鄙離(ひなざか)る 国 治(をさ)めにと〈或る本に云ふ、天離(あまざか)る 鄙(ひな)治(をさ)めにと〉 群鳥(むらとり)の 朝立(あさだ)ち去(い)なば 後(おく)れたる 我(あ)れか恋ひむな 旅なれば 君か偲(しの)はむ 言はむすべ 為(せ)むすべ知らず〈或る書に、あしひきの 山の木末(こぬれ)にの句あり〉 延(は)ふ蔦(つた)の 行きの〈或る本には、行きのの句なし〉 別れのあまた 惜しきものかも

3292
うつせみの命を長くありこそと留(と)まれる我(わ)れは斎(いは)ひて待たむ

 

要旨 >>>

〈3291〉み吉野の立派な木々が立つ山に青々と生える山菅の根のように、ねんごろに私がお慕いしているあなたは、今、天皇のご命令のままに(天皇の仰せを恐れ謹んで)、都を遠く離れた国を治めるため(遠く離れた田舎の地を治めるため)、群鳥のように朝早く出発してしまわれた。後に残された私は、どんなに恋い焦がれることでしょう。旅先のあなたも私を偲んでくれるでしょうか。言いようもなく、なすすべも知りません(或書には「あしひきの山の梢に」の句がある)。這いまわる蔦が延びて行き(或本には行きの句がない)別れるように、お別れするのがひどく惜しまれてなりません。

〈3292〉この世の命が長く無事であって欲しいと念じ、後に残された私はひたすら精進してお祈りしながらお待ちします。
 

鑑賞 >>>

 地方官として赴任するため、朝、出立する夫を見送る歌。3291の上4句は「ねもころに」を導く序詞。「真木」は、良質の木材となる杉や檜。「山菅」は、竜のひげ。「任けのまにまに」は、任命に従いの意。「群鳥の」は「朝立ち去ぬ」の枕詞。「あしひきの」は「山」の枕詞。「延ふ蔦の」は「行きの別れ」の枕詞。「あまた」は、甚だしく。3292の「うつせみの」は「命」の枕詞。「長くありこそ」の「こそ」は希望の終助詞。「斎ひて」は、禁忌を守って祈ること。

 なお、「うつせみの命」の解釈を、旅に出る夫の命とするか、家に残る妻自身の命とするかで分かれています。夫の無事を妻が祈るのは当然ともいえますが、そうした場合に「命」という言葉を露わに使うのは憚られるため、ここは妻の命のことを言っていると考えられます。「命」は、原則的に自らの生命を言う言葉だったのです。

 

 

 

枕詞あれこれ

あかねさす
「日」「昼」に掛かる枕詞。「赤く輝く」もの、」すなわち太陽を意味する。また、茜(あかね)色に近い「紫」の枕詞にも転用されている。

秋津島蜻蛉島(あきづしま)
「大和」にかかる枕詞。「秋津島」は、日本の本州の古代の呼称で、『古事記』には「大倭豊秋津島」(おおやまととよあきつしま)、『日本書紀』には「大日本豊秋津洲」(おおやまととよあきつしま)と、表記している。また「蜻蛉島」は、神武天皇が国土を一望してトンボのようだと言ったことが由来とされている。

朝露の
「消」に掛かる枕詞。朝露は消えやすいところから。

あしひきの
「山」に掛かる枕詞。語義未詳ながら、足を引きずってあえぎながら登る意、山すそを稜線が長く引く意など諸説がある。

あぢむらの
「あぢむら」は、アジガモ(味鴨)。アジガモが群がって騒ぐことから、「騒く」にかかる枕詞。

梓弓(あづさゆみ)
梓弓は、梓の丸木で作られた弓。弓を射る動作から「はる」「ひく」「いる」などに掛かる。また弓に付いている弦(つる)から同音の地名「敦賀」に、弓の部分の名から「末」などにも掛かる。

天伝ふ
「日」に掛かる枕詞。「天(大空)を伝い渡っていく」もの、すなわち太陽を意味し、「日」の修飾ではなく、同格の関係にある。「天知るや」「高照らす」「高光る」なども同様。

天飛ぶや
「鳥」「鴨」に掛かる枕詞。空高く飛ぶことから。また、「雁」を転用して「軽(かる」にも掛かる。

荒妙(あらたへ)の
「藤」に掛かる枕詞。荒妙は、木の皮の繊維で作った粗い布で、おもに藤をその材料としていたことから。

あらたまの
「年」に掛かる枕詞。語義未詳で、一説に年月が改まる意からとも。ほかに「月」「春」「枕」などに掛かる。

あをによし
「奈良」に掛かる枕詞。奈良坂の付近で青丹(あおに)を産したところから。青は寺院や講堂などの、窓のようになっている部分の青い色、丹は建物の柱などの、朱色のこと。

鯨(いさな)取り
「海」に掛かる枕詞。鯨(いさな=クジラ)のような巨大な獲物がとれる所として海を賛美する語。ほかに「浜」にも掛かる。

石上(いそのかみ)
「石上」は、今の奈良県天理市石上付近で、ここに布留(ふる)の地が属して「石の上布留」と並べて呼ばれたことから、布留と同音の「古(ふ)る」「降る」などに掛かる枕詞。

うちなびく
「春」に掛かる枕詞。春は草木が打ち靡く季節であるから。

打ち日さす
「宮」「都」に掛かる枕詞。日の光が輝く意から。

うつそみの
「人」「世」に掛かる枕詞。語源は「現(うつ)し臣(おみ)」で、この世の人、現世の人の意。「臣」は「君」に対する語で、神に従う存在をいう。ウツシオミがウツソミと縮まり、さらにウツセミに転じた。

鶉(うづら)鳴く
「古る」に掛かる枕詞。ウズラは、草深い古びた所で鳴くことから。

味酒(うまさけ)
「三輪」に掛かる枕詞。「うまさけ」の「ウマ」は、現代語に「うまい」と残っているが、恋人との充実した共寝を「うま寝」というように、甘美な素晴らしさをいう語。「サケ」は栄える、境のサカ、花が咲くのサクなど、境界や先端部の異境の霊威を強く感じている語なので、「うまさけ 三輪」は、三輪が神々の霊威の溢れている場所であることを表現している。また、三輪山のある地名「三室(みむろ)」「三諸(みもろ)」などにも掛かる。

押し照る
地名の「難波」にかかる枕詞。上町台地からながめた大阪湾が夕陽で一面に光り輝く様をあらわす。かつては上町台地が大阪湾に面する海岸だった。

沖つ藻(も)の
「靡く」に掛かる枕詞。海藻は波に靡くところから。