大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

防人の歌(31)・・・巻第20-4351

訓読 >>>

旅衣(たびころも)八重(やへ)着重(きかさ)ねて寐(い)ぬれどもなほ肌寒(はださむ)し妹(いも)にしあらねば

 

要旨 >>>

旅の着物を何枚も重ねて寝るのだけれど、やはり肌寒い。妻ではないので。

 

鑑賞 >>>

 上総国の防人の歌。「八重着重ねて」は、何枚も重ねて着て。時は2月です。作者の玉作部国忍(たまつくりべのくにおし)の故郷である望陀郡は房総半島の現木更津市君津市の辺りです。東京湾に臨む温暖な地であり、東山道を行く旅はさぞ寒かったことでしょう。

 防人に指名されて国庁に集まった防人たちとその家族は、そこで防人編成式に臨み、そのあと家族と別れ、国司職の部領使(ことりづかい/ぶりょうし:引率する係りの者)に引率されて陸路難波をめざしました。また、難波までの食料などの調達はすべて自弁とされました。彼らが難波までに辿ったルートは2つあり、一つは海沿いの東海道、もう一つは山を通る東山道(のちの中仙道)でした。東海道は、茨城県、千葉県から神奈川県、静岡県に入るルート、東山道は、栃木県(下野国)から群馬県上野国)に行き、碓氷峠を越えて長野県(信濃国)に入り、神坂峠を越えて岐阜県美濃国)に入るルートでした。