訓読 >>>
夕月夜(ゆふづくよ)心もしのに白露(しらつゆ)の置くこの庭に蟋蟀(こほろぎ)鳴くも
要旨 >>>
月の出ている暮れ方、白露が降りたこの庭にコオロギが鳴いているのを聞いていると心がしんみりする。
鑑賞 >>>
湯原王(ゆはらのおおきみ)の「蟋蟀(こほろぎ)の歌」。「夕月夜」は、夕月の出ている日暮れ方。「心もしのに」の「しのに」は、しおれてしまうばかりに、の意。「しのに」は『万葉集』中10例見られますが、そのうち9例が「心もしのに」の形であり、定型表現だったことが知られます。「こほろぎ」は、秋に鳴く虫の総称で、松虫や鈴虫なども含んでいたようです。「鳴くも」の「も」は、詠嘆。斎藤茂吉はこの歌を評し、「後世の歌なら、助詞などが多くて弛むところであろうが、そこを緊張せしめつつ、句と句とのあいだに間隔を置いたりして、端正で且つ感の深い歌調を全うしている」と述べています。
湯原王は、天智天皇の孫、志貴皇子の子で、兄弟に光仁天皇・春日王・海上女王らがいます。天平前期の代表的な歌人の一人で、父の端正で透明感のある作風をそのまま継承し、またいっそう優美で繊細であると評価されており、家持に与えた影響も少なくないといわれます。生没年未詳。『万葉集』には19首。