訓読 >>>
近江(あふみ)の海(み)夕波千鳥(ゆふなみちどり)汝(な)が鳴けば心もしのに古(いにしへ)思ほゆ
要旨 >>>
近江の湖の夕波に鳴く千鳥よ。おまえが鳴くと、心がしおれてしまいそうなほどにせつなく昔のことがしのばれる。
鑑賞 >>>
柿本人麻呂が、近江の荒れた旧都の近く、琵琶湖辺を訪れた時の歌。巻第1にある、近江旧都を回顧した時の歌(29~31)と同時の作かどうかは不明です。「近江の海」は、琵琶湖のこと。「夕波千鳥」は、名詞をつみ重ねた作者の造語で、「汝」は、千鳥に呼びかけて言っているもの。「千鳥」は、川原や海岸などの水辺に棲んで、小魚を食べる小鳥の総称。実際のチドリ科のチドリは、小さな愛らしい鳥です。「心もしのに」の「しの」は、萎る、しなえる。「古」は、その琵琶湖畔に都があった天智天皇の時代を指しています。過ぎ去った日々がはなやかであればあるほど、その哀愁は深かったのでしょう。
斎藤茂吉は、下掲の歌などは、人麻呂のこの歌を学んだものかもしれない、と指摘しています。
門部王の歌
意宇(おう)の海の河原の千鳥(ちどり)汝(な)が鳴けば我が佐保川の思ほゆらくに(巻第3-371)
沙弥の歌
あしひきの山ほととぎす汝(な)が鳴けば家なる妹(いも)し常に偲はゆ(巻第8-1469)
中臣宅守の歌
ほととぎす間(あひだ)しまし置け汝(な)が鳴けば我(あ)が思ふ心いたもすべなし(巻第15-3785)
『万葉集』に詠まれた鳥
1位 霍公鳥(ほととぎす) 155首
2位 雁(かり) 66首
3位 鶯(うぐいす) 51首
4位 鶴(つる:歌語としては「たづ」) 45首
5位 鴨(かも) 29首
6位 千鳥(ちどり) 22首
7位 鶏(にわとり)・庭つ鳥 16首
8位 鵜(う) 12首