訓読 >>>
2364
玉垂(たまだれ)の小簾(をす)の隙(すけき)に入り通ひ来(こ)ね たらちねの母が問はさば風と申さむ
2365
うちひさす宮道(みやぢ)に逢ひし人妻(ひとづま)ゆゑに 玉の緒(を)の思ひ乱れて寝(ぬ)る夜(よ)しぞ多き
要旨 >>>
〈2364〉玉を垂らした簾(すだれ)のすきまからそっと入って通ってきてください。もし母がとがめて尋ねたら、風だと申しましょう。
〈2365〉都大路で出逢った人妻のせいで、紐が解けて散る玉のように千々に乱れて、一人寝る夜が続くばかり。
鑑賞 >>>
いずれも旋頭歌形式(5・7・7・5・7・7)の歌で、『古歌集』から採ったとあります。『古歌集』については諸説ありますが、『万葉集』編纂の資料になった歌集で、飛鳥・藤原京の時代から奈良時代初期にかけての歌を収めたものと推定されています。
2364の「玉垂の」は、玉を垂らした簾の意で「小簾」の枕詞。「小簾」の「小」は接頭語で、すだれ。「すけき」は、他に用例の見えない語ながら、隙間の意か。「来ね」の「ね」は、他に対しての願望。「たらちねの」は「母」の枕詞。母親の目をぬすみ、男の訪れを誘う歌です。もとより簾の隙間から入れるはずはなく、それを承知の上で不可能なことを言い立てて、男に戯れています。そして、玉垂の簾をかけている家というのは、貴人の邸と思われます。窪田空穂は、「才の利いた、可憐な作である」と評しており、またこの歌は、額田王の「君待つと我が恋ひをればわが屋戸のすだれ動かし秋の風吹く」(巻第4-488)との関連から、中国文学の影響があるかもしれないといわれます。
2365の「うちひさす」は、日の光が輝きに満ちる意で「宮」にかかる枕詞。「宮道」は、皇居に通じる道。「逢ひし」は、出仕の途中で見かけた。「玉の緒の」は、玉を貫いた紐。その乱れる意で「思ひ乱れて」にかかる枕詞。「思ひ乱れて」は、相手の女性に恋い焦がれるあまり心が千々に乱れて、の意。「夜しぞ多き」の「し」は、強意の副助詞。「多き」は「ぞ」の係り結びで連体形。この歌は『柿本人麻呂歌集』の「うちひさす宮道を行くに我が裳は破れぬ玉の緒の思ひ乱れて家にあらましを」(巻第7-1280)と形が似ており、この影響を受けたものかと言われます。
歌の形式
片歌
5・7・7の3句定型の歌謡。記紀に見られ、奈良時代から雅楽寮・大歌所において、曲節をつけて歌われた。
旋頭歌
5・7・7、5・7・7の6句定型の和歌。もと片歌形式の唱和による問答体から起こり、第3句と第6句がほぼ同句の繰り返しで、口誦性に富む。記紀や 万葉集に見られ、万葉後期には衰退した。
長歌
5・7音を3回以上繰り返し、さらに7音の1句を加えて結ぶ長歌形式の和歌。奇数句形式で、ふつうこれに反歌として短歌形式の歌が1首以上添えられているのが完備した形。記紀歌謡にも見られるが、真に完成したのは万葉集においてであり、前期に最も栄えた。
短歌
5・7・5・7・7の5句定型の和歌。万葉集後期以降、和歌の中心的歌体となる。
仏足石歌体
5・7・5・7・7・7の6句形式の和歌。万葉集には1首のみ。