訓読 >>>
明日香(あすか)の 清御原(きよみ)の宮に 天(あめ)の下 知らしめしし やすみしし 我(わ)が大君(おほきみ) 高照らす 日の御子(みこ) いかさまに 思ほしめせか 神風(かむかぜ)の 伊勢の国は 沖つ藻も 靡(な)みたる波に 潮気(しほけ)のみ 香(かを)れる国に 味凝(うまこ)り あやにともしき 高照らす 日の御子
要旨 >>>
明日香の清御原の宮で天下を治められた我が大君、高く天上を照らし給う日の御子は、どうお思いになられて、神風の吹く伊勢の国の、沖の藻が漂い、潮気ばかりが香る国に(おいで遊ばしたのか)、言い様もなくお慕わしい日の御子よ。
鑑賞 >>>
題詞に「天武天皇が崩御した8年後(693年)の9月9日、御斎会(ごさいえ)の夜に夢の中で詠み覚えた御歌」また「古歌集の中に出づ」とある歌です。9月9日は天武天皇の忌日にあたります。御斎会は、僧尼を集めて天皇の御冥福を祈る法会。実際には、夢の中で霊と対話する霊媒師のような人がいて、その者が持統天皇に代わって詠んだ歌ではないかともいわれます。あるいは、柿本人麻呂の代作と推測する向きもあるようです。
「明日香の清御原の宮」は、天武天皇から持統天皇にわたっての皇居。ここは、天武天皇の皇居としていわれています。「天の下」は、天下。「知らし」は「知る」の敬語で、支配する意。「やすみしし」「高照らす」「神風の」は、それぞれ「我が大君」「日の御子(天皇のこと)」「伊勢」の枕詞。「靡みたる」は、連なっている。「味凝り」の「味」は「味酒」と同じく賞美の語、「凝り」は織物の織りで、美しい織物の意。同じ意の「綾(あや)」と同音の「あやに」に掛かる枕詞。「あやに」は無性に、言いようもなく。「ともし」は、心引かれる。
なお、天皇を賛辞する最初の8句と最後の4句に挟まれた中間部は、天皇と関係の深かった伊勢国の状態を精細に言い、何事かをあらわそうとするように見えて、肝心の事柄について何も触れられていません。そのため、語句の脱漏があるのではないか、あるいは「香れる国に」の下に、上掲の解釈のように「そんな国においで遊ばしたのか」の意を補う、または壬申の乱の際に皇后とともに伊勢の桑名にいられたことがあるので、そのことではないか、などの見方があります。