大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

玉守に玉は授けてかつがつも・・・巻第4-651~652

訓読 >>>

651
ひさかたの天の露霜(つゆしも)置きにけり家(いへ)なる人も待ち恋ひぬらむ

652
玉守(たまもり)に玉は授けてかつがつも枕と我(わ)れはいざふたり寝む

 

要旨 >>>

〈651〉外を見れば、天から降った露が庭の地面に置いています。こんな寒い夜に家にいる人は、あなたを恋しくお待ちしているでしょう。

〈652〉大切にしていた玉はそれを守ってくれる人に託して、何はともあれ、私は枕と二人で寝るとしましょう。

 

鑑賞 >>>

 大伴坂上郎女が、次女の二嬢を嫁がせた時に、娘の夫である大伴宿祢駿河麻呂(おおとものすくねするがまろ)に贈った歌です。駿河麻呂は同じ一族の男で、安麻呂(郎女の父)の兄御行の孫、あるいは安麻呂の子である道足の子、つまり安麻呂の内孫ともいわれています。後代、鎮守府将軍を兼ねた按察使として、武功をもって知られるようになる人物です。郎女も、娘婿として駿河麻呂気に入ったと見え、二人が会った時には、さながら恋人同士のような戯れ歌も交わしています。

 651の「ひさかたの」は「天」の枕詞。「家なる人」は、家で待つ人の意で、二嬢を指しています。652の「玉守」は、宝玉を守る者。ここでは玉を二嬢、玉守を駿河麻呂に譬えています。「かつがつも」は、ともかくも、何はともあれ。娘が結婚するまでは娘と枕を並べて寝ていたのに、と、娘を嫁がせた母親の寂寥感を詠んでいます。娘を嫁がせた後の親の心は、古来幾多の親が体験しているものですが、歌として詠まれた例は少なく、これはその代表的なものです。招婿婚の時代とはいえ、女が家刀自として婚家先に入る場合も多かったと見えます。