訓読 >>>
3484
麻苧(あさを)らを麻笥(をけ)にふすさに績(う)まずとも明日(あす)着せさめやいざせ小床(をどこ)に
3485
剣大刀(つるぎたち)身に添ふ妹(いも)を取り見がね音(ね)をぞ泣きつる手児(てご)にあらなくに
3486
愛(かな)し妹(いも)を弓束(ゆづか)並(な)べ巻きもころ男(を)のこととし言はばいや勝たましに
要旨 >>>
〈3484〉麻の繊維を裂いて糸にして麻笥いっぱいにしなくとも、明日お召しになるわけでもあるまいに。早く切り上げて寝床に行かないか。
〈3485〉剣大刀のようにいつも身に添ってきた子、その子を抱いて可愛がることもできなくなり、私は声をあげて泣いてしまった、幼い子でもないのに。
〈3486〉愛しい子よ。弓束を並べて巻くようにしっかり抱いて寝るが、恋敵の力と変わらないというなら、もっともっと強く抱いてやる。
鑑賞 >>>
3484の「麻苧」は、紡ぐ前の麻の繊維。「麻笥」は、それを入れる笥(け)。「ふすさに」は、たくさんに。「着せさめや」の「着せす」は「着る」の敬語、「や」は反語。「小床」の「小」は接頭語。女奴の労働で、お屋敷の人に着せる衣なのでしょうか、夜なべ仕事に精を出している妻を見ながら、まだ終わらないか、まだ終わらないかと、いらいらして「早くしようよ」と床に誘っている夫の歌、あるいは同居の夫にしては丁寧なので、妻問いの男の歌とも取れます。この歌に「小床」が出てきましたが、東国の男女の愛の歌には、この「床」につらなる「寝る」という露わな言葉が頻繁に使われています。上品な言葉を知らなかったといえばそれまでですが、気どりのない、慎みを忘れた、生への激しい叫びがここにあります。
3485の「剣大刀」は「身に添ふ」の枕詞。3489の「梓弓」は「欲良」の枕詞。「欲良」は所在未詳。女の手を引いて人目につかない藪に入ったものの、そのままでは横たわって抱くことができないので、せっせと藪を払っています。3486の「弓束」は、弓の中央の手で握る部分。「もころ男」は恋敵の男。「こととし言はば」は語義未詳。
万葉歌の英訳
- 春過ぎて夏来るらし白たへの衣干したり天の香具山(巻第1-28 持統天皇)
Spring has passed, and summer's white robes air on the slopes of fragrant Mount Kagu-beloved of the gods. - わが園に梅の花散るひさかたの天より雪の流れ来るかも(巻第5-822 大伴旅人)
Plum-blossoms scatter on my garden floor. Are they snow-flakes whirling down from the sky? - 世のなかを憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば(巻第5-893 山上憶良)
In this sad world I feel small and miserable, but I cannot fly away as I am not a bird. - 天の海に雲の波立ち月の船星の林に漕ぎ隠る見ゆ(巻第7-1068 『柿本人麻呂歌集』)
Cloud waves rise in the sea of heaven. The moon is a boat that rows till it hides in a wood of stars. - 海原の沖辺に灯し漁る火は明かして灯せ大和島見む(巻第15-3648 遣新羅使)
In the shoals of the vast sea brighten the lights the fishermen use for fishing, as I so long to see the Yamato mountains of my home. - 新しき年の始の初春の今日降る雪のいや重け吉事(巻第20-4516 大伴家持)
On this New Year's Day which falls on the first day of spring, like the snow that also falls today, may all good things pile up and up without pause or end.
※ 参考文献はこちらに記載しています。⇒『万葉集』について