訓読 >>>
703
我(わ)が背子(せこ)を相(あひ)見しその日(ひ)今日(けふ)までに我(あ)が衣手(ころもで)は干(ふ)る時もなし
704
栲縄(たくなは)の長き命(いのち)を欲(ほ)りしくは絶えずて人を見まく欲(ほ)りこそ
要旨 >>>
〈703〉あなたとお逢いした日以来、その日を思うにつけ涙があふれ、着物の袖が乾く間がありません。
〈704〉栲縄のように長く生きていたいと思うのは、いつまでもあの方のお顔を見ていたいからなのです。
鑑賞 >>>
巫部麻蘇娘子(かむなぎべのまそをとめ:伝未詳)が、大伴家持に贈ったとされる歌。703の「衣手」は、袖。704の「栲縄の」は、栲(こうぞ)で綯った縄で、意味で「長き」に掛かる枕詞。「欲りしく」の「し」は過去の助動詞で、「く」を添えて名詞形としたもの。「人」は家持を指します。「見まく」は「見む」の名詞形で、すなわち逢うこと。「こそ」は強意で、下に「あれ」などが省略されています。
名門大伴家の御曹司である家持は、その貴公子然とした風采から多くの女性を魅了したとみられ、十数人にものぼる女性から恋歌を贈られています。しかし、そのほとんどに返事を出しておらず、あまりに多くの相手に付き合いきれなかったのか、あるいは、実際には返歌を贈ったものの意図的に載せなかったのか、そのあたりは不明とされています。ただ、ここの巫部麻蘇娘子に対しては珍しく、巻第8-1563で歌を返しています。
※ 参考文献はこちらに記載しています。⇒『万葉集』について