大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

天地に少し至らぬ大夫と・・・巻第12-2873~2875

訓読 >>>

2873
里人(さとびと)も語り継ぐがねよしゑやし恋ひても死なむ誰(た)が名ならめや

2874
確かなる使(つかひ)をなみと心をぞ使に遣(や)りし夢(いめ)に見えきや

2875
天地(あめつち)に少し至らぬ大夫(ますらを)と思ひし我(わ)れや雄心(をごころ)もなき

 

要旨 >>>

〈2873〉里人の語り継いでほしい。ええい、もうどうでもいい、私が恋に苦しんで死ねば、あなたが原因で死んだのだと語りぐさになるでしょう。

〈2874〉頼りになる使いがないので、この私の心を使いに立てました。夢に私の姿が見えたでしょうか。

〈2875〉天地の大きさに少し足りないほどのますらおと自負していた私は、今は恋のために、雄々しい心もなくなってしまった。

 

鑑賞 >>>

 「正述心緒(ありのままに思いを述べた歌)」。2873の「がね」は、希望、予想を表す語。「よしゑやし」は、ええ、ままよ、どうでもいい。「誰が名ならめや」の「誰が名」は、あなた以外の誰の評判、「や」は、反語。作者の性別は不明ですが、片恋に悩み、自らの死をほのめかして相手を脅迫している歌です。2874の「確かなる使ひをなみ」は、確かな使いがないゆえに。相手を思うとその人の夢に見えるとされていたのを踏まえています。女の歌でしょうか。

 2875の「天地に少し至らぬ」は、天地の広大さに比べて少し足りない。「大夫」は、勇ましく立派な男子。「思ひし我れや」の「や」は、疑問。「雄心」は、雄々しい心で、惚れた弱みから丈夫の誇りも失ってしまったと嘆いています。