訓読 >>>
馬ないたく打ちてな行きそ日(け)並べて見ても我(わ)が行く志賀(しが)にあらなくに
要旨 >>>
馬をそんなにもひどく鞭打って行くな。何日も見て行ける志賀ではないのだから。
鑑賞 >>>
題詞に「近江の国から都に上り来る時に、刑部垂麻呂(おさかべのたりまろ)が作った」歌とあります。「都」は、藤原京。刑部垂麻呂は、伝未詳。『万葉集』には2首(もう1首は巻第3-427)。「馬ないたく打ちてな行きそ」の「な~そ」は、禁止。「な」を重ねて意を強めていますが、文法上の誤りであるとの指摘もあります。「志賀」は、大津市北部の、近江京があった地。「あらなく」の「なく」は、打消の「な」に「く」を添えて名詞形としたもの。公務を帯びた往来は、その遠近によって日数が令で定められていましたから、作者は、せめて今日だけでも志賀の景色を楽しみたいという心を詠っています。海のない大和国に住んでいた人にとって、近江の湖は強く心を引かれるものであったとみえます。
⇒ 各巻の概要