訓読 >>>
2969
解(と)き衣(きぬ)の思ひ乱れて恋(こ)ふれども何のゆゑぞと問ふ人もなし
2970
桃花(もも)染めの浅(あさ)らの衣(ころも)浅らかに思ひて妹に逢はむものかも
2971
大君(おほきみ)の塩焼く海人(あま)の藤衣(ふぢごろも)なれはすれどもいやめづらしも
2972
赤絹(あかきぬ)の純裏(ひたうら)の衣(きぬ)長く欲(ほ)り我(あ)が思ふ君が見えぬころかも
要旨 >>>
〈2969〉脱ぎ捨てた着物のように、思い乱れて恋い焦がれているけれども、何のせいなのかと問いかけてくれる人もいない。
〈2970〉桃の色に染めた薄い色の衣のような、そんな薄っぺらい気持ちであなたに逢っているのではありません。
〈2971〉大君がお召しになる塩を焼く海女が着ている藤衣、その衣が萎(な)れて古びているようにすっかり馴れ親しんではいるが、ますます可愛く思われる。
〈2972〉赤い絹の総裏の着物の裾が長いように、末長くありたいと思っているあの方が、なかなか来て下さらない頃であるよ。
鑑賞 >>>
「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」で、衣に寄せての歌。2969の「解き衣の」は「思ひ乱る」の枕詞。「解き衣」は、縫い糸を解きほどいた着物。2970の「桃花染め」は、衛士、兵士など下級の役人の服色。「浅らの衣」は、色薄く染めた衣。上2句は「浅らかに」を導く序詞。「浅らかに」は、染め色が薄いことと恋心が薄いことを掛けています。「かも」は、反語。
2971の「大君の塩焼く海人」は、天皇の御料の塩を焼く海人。上3句は「なれ」を導く序詞。「藤衣」は、藤や葛の繊維で作った粗末な衣。「なれ」は着古す意で「馴れ」を掛けています。「めづらしも」の「も」は、詠嘆。2972の「純裏の衣」は、表と同じ裏を付けた衣。上等の服であり、長く仕立ててあるところから、ここまでの2句は「長く」を導く序詞。