大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

たらちねの母が養ふ蚕の繭隠り・・・巻第12-2991

訓読 >>>

たらちねの母が養(か)ふ蚕(こ)の繭隠(まゆごも)りいぶせくもあるか妹(いも)に逢はずして

 

要旨 >>>

母親が飼っている蚕(かいこ)が繭にこもっているように、あの子を閉じ込めているから、気持ちが晴れない、あの子に逢えないので。

 

鑑賞 >>>

 「寄物陳思(物に寄せて思いを述べた歌)」で、繭(まゆ)に寄せての歌。「たらちねの」は「母」の枕詞。「いぶせし」は、気が晴れない、鬱陶しい。この時代の母親の地位は高く、とくに娘の結婚に母親が口出しし、婿選びをするなど、結婚決定権は父親ではなく母親にあったようです。この歌のほかにも、母親が娘の交際相手を管理し、時には恋の障害となる歌が数多く見られます。ここでは、愛しい恋人に逢うことができない腹立たしい気持ちを、蚕が繭に籠る様子に喩えています。養蚕は古くから日本で行われており、『魏志倭人伝』にもその記述がみられます。古代中国の養蚕は皇后が務める重要な職掌とされ、日本でも女性が担っていました。そのため『 万葉集』でも、蚕を飼うのは母となっています。

 

 

相聞歌の表現方法

万葉集』における相聞歌の表現方法にはある程度の違いがあり、便宜的に3種類の分類がなされています。すなわち「正述心緒」「譬喩歌」「寄物陳思」の3種類の別で、このほかに男女の問と答の一対からなる「問答歌」があります。

正述心緒
「正(ただ)に心緒(おもひ)を述ぶる」、つまり何かに喩えたり託したりせず、直接に恋心を表白する方法。詩の六義(りくぎ)のうち、賦に相当します。

譬喩歌
物のみの表現に終始して、主題である恋心を背後に隠す方法。平安時代以後この分類名がみられなくなったのは、譬喩的表現が一般化したためとされます。

寄物陳思
「物に寄せて思ひを陳(の)ぶる」、すなわち「正述心緒」と「譬喩歌」の中間にあって、物に託しながら恋の思いを訴える形の歌。譬喩歌と著しい区別は認められない。

※ 参考文献はこちらに記載しています。⇒『万葉集』について