大和の国のこころ、万葉のこころ

不肖私がこよなく愛する『万葉集』の鑑賞blogです。

池田の朝臣が鼻の上を掘れ・・・巻第16-3840~3841

訓読 >>>

3840
寺々(てらでら)の女餓鬼(めがき)申(まを)さく大神(おほみわ)の男餓鬼(をがき)賜(たば)りてその子産まはむ

3841
仏(ほとけ)造る真朱(まそほ)足らずは水(みづ)溜(た)まる池田の朝臣(あそ)が鼻の上を掘れ

 

要旨 >>>

〈3840〉方々の寺の女餓鬼どもが申すには、大神の朝臣の男餓鬼を私にいただいて、その子供の餓鬼を産み散らかしてやりたい、と。

〈3841〉仏を造るま朱が足りないのだったら、水の溜まる池、その池田の朝臣の赤い鼻の上を掘るのがよい。

 

鑑賞 >>>

 3840は、池田朝臣(いけだのあそみ)が、大神朝臣奥守(おおみわのあそみおきもり)をからかった歌。3841は、大神朝臣奥守が、そのからかいに答えた歌。池田朝臣天平宝字8年従五位下となった池田朝臣真枚か。大神朝臣奥守は同年に従五位下になった人ということ以外は未詳。二人は親しかったと見えますが、どちらも中級官人です。

 3840では、大神奥守がひどく痩せているのを、そんなに細い体では寺の女餓鬼にもてるのが精々だろうとひどいことを言っています。「餓鬼」は、貪欲の報いで餓鬼道に落ちた亡者で、寺にはその像が置かれており、常に飢えているとされました。「産まはむ」の原文「将播」と表記され、種を播(ま)くように産み散らしたいの意。3841の「真朱」は、仏像などを彩色するときに用いる赤の顔料。「水溜まる」は「池」の枕詞。お互いに仏教に関係した事物によって歌を作っています。いずれもにぎやかな宴席での余興の歌だったとみられますが、後の王朝和歌の世界では、こうした歌は全く見られません。

 斎藤茂吉は「この諧謔が自然流露の感じでまことに旨い。 古今集以後ならば俳諧歌、滑稽歌として特別扱いするところを、大体の分類だけにして特別扱いしないのは、 万葉集に自由性があっていい点である」と言っています。このような歌が載せられている巻第16の存在によって、私たちは、万葉時代の歌は正統的、文学的な歌だけではなかったこと、すなわち「文化の幅」といったものを知ることができます。ただ、このような遊戯性を帯びた歌が詠まれるようになったのは、おおむね奈良朝以降のことであり、ここの二人も奈良朝後期の人とみられています。

 

 

※ 参考文献はこちらに記載しています。⇒『万葉集』について