訓読 >>>
4164
ちちの実(み)の 父の命(みこと) ははそ葉(ば)の 母の命(みこと) おほろかに 心 尽(つ)くして 思ふらむ その子なれやも ますらをや 空(むな)しくあるべき 梓弓(あづさゆみ) 末(すゑ)振り起こし 投矢(なげや)持ち 千尋(ちひろ)射(い)渡し 剣大刀(つるぎたち) 腰に取り佩(は)き あしひきの 八(や)つ峰(を)踏み越え さしまくる 心 障(さや)らず 後(のち)の世の 語り継ぐべく 名を立つべしも
4165
ますらをは名をし立つべし後(のち)の世に聞き継ぐ人も語り継ぐがね
要旨 >>>
〈4164〉父上も、母上も、通り一遍のお心で育てた、そんな子であるはずがあろうか。だから男子たる者、無為に世を過ごしてよいものか。梓弓の末を振り起こし、投げ矢を持って千尋の先を射通し、剣大刀をしっかり腰に帯び、いくつもの山々を踏み越え、ご任命下された大君の御心に違わぬよう、後の世の語りぐさとなるように名を立てなければならない。
〈4165〉男子たる者、名を立てなければならない。後の世の人もずっと語り継いでくれるように。
鑑賞 >>>
大伴家持の歌。題詞に「勇士の名を振はむことを慕(ねが)ふ歌」とあり、左注には、山上憶良の「士(をのこ)やも空(むな)しくあるべき万代(よろづよ)に語り継ぐべき名は立てずして」(巻第6-978)の歌(辞世歌)に追和したとあります。憶良の歌は病床にあって嘆いたものですが、家持の歌は、武門の家柄である父祖の功績に思いを馳せ、嫡流の自覚のもと現在の自身の身の上を顧みての感慨を吐露したものになっています。
4164の「ちちの実の」「ははそ葉の」は、それぞれ「父」「母」の枕詞。「父の命」「母の命」の「命」は、目上の人を敬っていう語。「八つ峰」は、多くの峰。「さしまくる」は、任命する、派遣する。4165の「がね」は、願望の助詞。
『万葉集』クイズ
次の歌の作者は誰?
- 三輪山をしかも隠すか雲だにも情(こころ)あらなむ隠さふべしや
- 春過ぎて夏来るらし白妙の衣乾したり天の香具山
- 楽浪の志賀の唐崎幸くあれど大宮人の船待ちかねつ
- いざ子どもはやく日本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらむ
- 山吹の立ちよそひたる山清水汲みに行かめど道の知らなく
- 旅にしてもの恋しきに山下の赤のそほ船沖にこぐ見ゆ
- ももづたふ磐余の池に鳴く鴨を今日のみ見てや雲隠りなむ
- 神奈備の磐瀬の社の呼子鳥いたくな鳴きそ我が恋まさる
- 赤駒の越ゆる馬柵の標結ひし妹が心は疑ひもなし
- ひさかたの雨の降る日をただひとり山辺に居ればいぶせかりけり
【解答】
1.額田王 2.持統天皇 3.柿本人麻呂 4.山上憶良 5.高市皇子 6.高市黒人 7.大津皇子 8.鏡王女 9.聖武天皇 10.大伴家持